分類別一覧


  1. 毛詩疏 (モウシソ)
    「詩経」の注釈書。巻1の第1行に「附釈音毛詩注疏巻之一 周南関睢詁訓伝 孔穎達疏」とあるが、本文は疏のみで、注疏本から疏を鈔録したものと考えられる。随処に訓点や朱墨の書入れがあり、異本によって校勘した語を加え、欄外には玉篇や経典釈文を引いている。
  2. 周礼註疏 (シュウライチュウソ) 42巻
    儒学経典「周礼」を注釈したもの。「宣賜之記」と「内賜」の印が捺されているが、内賜の経緯を記した内賜記はない。
  3. 曲礼全経附伝集 12巻 附録2巻 (キョクライゼンキョウフデンシュウ)
    曲礼は日用の礼を記したもの。『礼記』49編の冒頭の2編が曲礼。万暦5年(1577)の序、隆慶5年(1571)の自序あり。
  4. 春秋経伝集解 (シュンジュウケイデンシッカイ) 30巻
    春秋(五経の一つ・歴史書)を解説した「左氏伝」に、晋の杜預(とよ)が注を付けたもの。 本書は南宋の興国軍学刊本の覆刻本で、匡郭外の博士家説などの書入れが多い。
  5. 精選東萊先生左氏博議句解 (セイセントウライセンセイサシハクギクカイ) 8巻
    呂祖謙の『東莱左氏博議』より著名な句86を撰出し、まず句の出処と主意を述べ、ついでその語の詳細な解説と政治的論評を加えたもの。
  6. 中庸章句大全 4巻 或問附 (チュウヨウショウクタイゼン)
    中庸は儒教の「四書」の一つ。宋の朱熹が著した注釈書『中庸章句』がよく知られる。内賜記はなし。
  7. 四書直解指南 (シショチョクカイシナン) 27巻
    「四書直解」は明の張居正が、神宗が経莚を開くにあたり、帝に進呈した講義草案。後に焦竑が増補を加えた。眉欄の文はこれに対する楊文奎の指南で、直解を要約解説したもの。本書は万暦39年(1611)の刊本。
  8. 四書蒙引 15巻 別録 1巻 (シショモウイン)
    四書(大学・中庸・論語・孟子)の注釈書の一つで、明の蔡清撰。本書は万暦15年(1587)序の刊本。
  9. 孝経大義 (コウキョウタイギ)
    孝経の注釈書で、元の董鼎の注。本書は朝鮮刊本で、序文に「輔養庁重刊」、封面に「己卯新刊 孝経 春坊蔵板」とあり、輔養庁本を覆刻したものであろう。
  10. 困学紀聞 (コンガクキブン) 20巻
    経史詩文等に関する考証学の先駆けとなった書で、日本には室町時代から伝えられ五山僧の間でよく利用された。本書は宝徳3年(1451)に伊勢朝明郡(三重県)の宝勝寺で書写されたという、古い鈔本である。筐底に「元禄十二年六月矢尾板三印改之」の記がある。
  11. 大魁四書集註 (ダイカイシショシュウチュウ)
    朱熹註の四書。本書は朝鮮古活字本で、1冊目が大学、2冊目が中庸、3・4冊目が論語、5・6・7冊目が孟子。

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  1. 金剛般若波羅蜜経註解 (コンゴウハンニャハラミッキョウチュウゲ) 1巻
    仏教書。巻末に「康暦二年庚申八月日重刊於臨川寺」の刊記を写す、明の洪武刊本の覆刻である臨川寺版の写本。室町末期の写と考えられ、全巻に朱点をほどこす。
  2. 科註妙法蓮華経 (カチュウミョウホウレンゲキョウ) 7巻
    仏教書。元は1頁5行の折本を、8行ごとに切り貼りして袋綴にしている。 鎌倉末期の刊本と考えられ、巻末に元の元貞元年の刊記を刻す。元版の覆刻であろう。
  3. 首楞巖義疏注経 (シュリョウゴンギショチュウキョウ) 10巻
    宋代の仏教書で、禅法の要義を説いた『首楞厳経』の注釈書。首楞厳とは梵語「シューランガマ」の音訳で、意味は「勇者として進み行く者」、すなわち菩薩のあり方を意味する。
  4. 仏果圜悟禅師碧巖録 (ブッカエンゴゼンシヘキガンロク) 10巻
    中国の仏教書で、代表的な公案集。「施主栄林総繁菴主」「前総持承天大和尚奉報御恩也」の陰刻刊記があり、室町時代初期の総持寺刊本である。元の大徳年間杭州張氏刊本の覆刻。
  5. 虚堂和尚語録 (キドウオショウゴロク) 4巻
    宋の僧、虚堂智愚の言行録、詩偈、文疏などを集めた書。本書は慶長元和頃の古活字印本か。毎冊、米沢禅林寺の開山・九山和尚の蔵書印あり。
  6. 隆興仏教編年通論 (リュウコウブッキョウヘンネンツウロン) 28巻
    中国に仏教が伝来した後漢から五代に至るまでの、約900年間の中国仏教における事蹟を編年で記したもの。本書は寛永年間の活字印本で、宋版本を覆刻した五山版に基づいたものと考えられる。
  7. 人天眼目 (ニンテンガンモク) 6巻
    中国・宋代の仏書で、当時の中国の禅宗五門の要義を集めたもの。本書は室町期の写本で、巻末に南宋刊本を覆刻する旨を記した。乾元2年正月桂堂瓊林の刊語を移写する。
  8. 釈氏要覽 (シャクシヨウラン) 3巻
    中国・宋代の仏書で、仏教の故実や名目の簡潔な解説書。本書は室町末期の鈔本と考えられ、後序の前に、習法堂司比丘行妙勤書とあるのは、鈔写者の自署であろうか。
  9. 大和姫命世記 (ヤマトヒメミコトセイキ)
    伊勢(度会)神道の根本経典である神道五部書の一つ。本書は、寛永19年に米沢新田藩・上杉勝周が謹写し、米沢の鎮守である白子大明神に奉納したもの。
  10. 松岬公園記 (マツガサキコウエンキ)
    明治5年に認可された上杉神社の、申請書類や祭礼に関する記録を収めると共に、松岬公園の設立関係記録も収録する。また、明治11年に重野安繹撰の故越後侯上杉謙信神道碑の碑文を収める。

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  1. 増修附註資治通鑑節要続編 (ゾウシュウフチュウシジツガンセツヨウゾクヘン) 30巻
    宋元2朝の編年史。張光啓が、明の梁寅の『宋史略』、張美和の『元史節要』によって編纂し注を附した『資治通鑑節要続編』(宋元通鑑節要続編)巻に、劉剡が増補をほどこしたもの。
  2. 東華録 (トウカロク) 16巻
    中国,清朝に関する編年体の歴史書。清初より雍正3年に及ぶ。本書は、米沢藩校・興譲館の総監・香坂昌直(号は衡山・字が維直)の写とされる。
  3. 歴朝故事 (レキチョウコジ) 10巻
    歴代の故事を諸書より採集分類したもので、天文・地輿・歳時等々25門に分けている。万暦35年の序。
  4. 史記英選 (シキエイセン) 6巻
    司馬遷の『史記』から、一本紀・二世家・二十二列伝・大史公自序を抽出したもの。前年(正祖19年)には8巻.4冊の製版本が出されたが、本書は、最後の2巻を削り活字印刷したもの。

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  1. 家忠日記増補追加 (イエタダニッキゾウホツイカ) 25巻
    祖父家忠の日記に基づき、松平清康から徳川家康までの、徳川創業記として編纂したもの。寛文5年(1665)の著者の発題あり。
  2. 慶長日記 (ケイチョウニッキ) 13巻
    徳川氏関係の要件雑記で、慶長10年正月に始まり、12巻は同20年(元和元年)で終わる。13巻は「御陣押ノ事」など日付なしの記事。江戸初期の写本。
  3. 元和日記 (ゲンナニッキ) 2巻
    徳川幕府の要件記事の日記、元和元年7月13日改元の記事より、元和2年8月に至る。江戸初期の写本。
  4. 古事記 (コジキ) 3巻
    奈良初期に編纂された天皇家の記録(神話とする説や、歴史書とする説あり)。本書は寛永21年(正保元・1644)の刊本で、古事記の刊本として最も古いものであろう。
  5. 四季草 (シキクサ) 7巻
    弓矢・甲冑・官位・衣服・刀剣・武家礼法・家事の有識書。奥書に「安永五年丙申二月十五日 伊勢貞丈之蔵本乞受写畢 忠寄 寛政九丁巳歳首夏全部七巻 立岩滋野則賀書写 花押」。
  6. 釈日本紀 (シャクニホンギ) 28巻
    鎌倉時代に書かれた『日本書紀』の注釈書。10巻の奥書には「写本云正安四年正月十九日点校了於灯下一覧畢 大常卿卜部朝臣兼永」の記載。
  7. 神皇正統録 (ジンノウショウトウロク) 4巻
    神代から後鳥羽天皇建久9年まで、歴朝毎に繫け記した略史。本書は江戸初期の写本で、「麻谷蔵書」印あり。
  8. 日本書紀神代私説  (ニホンショキジンダイシセツ) 8巻
    『日本書記』30巻の1.2巻にあたる神代について、神道・儒家の説を詳説したもので、漢文体で記される。
  9. 保暦間記 (ホウリャクカンキ) 2巻
    保元の乱から、暦応2年の後醍醐天皇の死の頃までを記述した歴史書。本書は巻頭に「小瀬道甫刊」とあり、儒医・小瀬の活字本に基づき、慶長元和中に印行されたもの。
  10. 明德記 (メイトクキ) 3巻
    明徳元年(1390)に、足利義満が山名氏の反乱を討滅した始末を記したもの。本書は寛永9年(1632)の刊本。
  11. 諸将旗旌図 (ショショウキセイズ) 3巻
    将軍および大名・旗本等の旗指物や馬印を図記した書。本書は寛永14年(1637)の刊本。
  12. 侍中群要 (ジチュウグンヨウ) 10巻
    平安時代の中期に成立した有職故実の書。侍中は蔵人の唐名で、蔵人の職掌に関することを記す。従前は橘広相の撰と言われたが、文中の年号から否定される。
  13. 職原抄 (ショクゲンショウ) 2巻
    南北朝時代の有職故実の書。官位の沿革・補任・昇進の次第など漢文で記す。本書は「于時慶長戊申夏四月蚯蚓出日 吏部少卿清原秀賢誌」の刊記がある慶長13年(1608)刊本。墨書の書き込みが多い。
  14. 大坂物語 (オオサカモノガタリ) 2巻
    大坂冬の陣、夏の陣を記した戦記。本書は寛永年中の古活字印本で、川瀬一馬著『古活字版之研究』によれば、第4種本系統で、原装を伝える一本である。
  15. 石巻米沢平之丞漂流記 (イシノマキヨネザワヘイノジョウヒョウリュウキ)
    寛政6年(1793)、石巻港を出港してロシア領に漂流した若宮丸の船員・津太夫の見聞記。津太夫はシベリア・ロシア・南米を経て長崎に帰還した。
  16. 土州漂流人口書 (ドシュウヒョウリュウヒトクチガキ)
    天保12年(1841)に土佐国の漁師・中浜万次郎ら5名が漂流。その後、ハワイ・北米に7年程滞在してて帰国した時の見聞記。
  17. 新集古案 (シンシュウコアン)
    米沢藩主上杉家に関連する古文書を筆写・編集したもの。将軍門・先祖門・景虎門・景勝門・直江門・家臣門・武田門・北条門にわけ編纂される。
  18. 越後古実聞書 (エチゴコジツキキガキ)
    戦国期の越後や上杉家に関する記述を収録。文政4年に平吉豊(三俣九兵衛・侍組)68歳が、鈴木氏が所蔵する聞書3冊を抄写したもの。
  19. 古案記録草案 (コアンキロクソウアン)
    宝暦5年(1755)に色部隆長が、色部家に伝来した古文書を、歴代ごと案文を付して編纂したもの。現在に伝わる色部家文書には残っていない文書が収録されていて貴重である。
  20. 任職叢考 (ニンショクソウコウ)
    米沢藩の役職について、奉行(国家老)から順次、役職の由来や変遷について事例を示しながら記す。安政2年(1855)の事項が記されるので、幕末期に編集されたものと思われる。
  21. 諸庁根元記 (ショチョウコンゲンキ)
    平夫銀蔵・青苧蔵・御林方・蝋御蔵など米沢藩の諸役場について、その始まりや昔の取り計らい方などを纏めたもの。柳町清兵衛が記した諸帳面と諸役場根元記を礎に、山崎・宮越が増補した。
  22. 諸組由緒書 (ショクミユイショガキ)
    米沢藩家臣団の諸組の由緒を写し集める。乾は猪苗代組・御徒組・三十挺御手鑓組の由緒を収録、坤には段母衣組・伏嗅組・八ケ森足軽・御土蔵番組の由緒を収録。
  23. 藩議寮私誌 (ハンギリョウシシ)
    藩議寮は明治3年9月に設けられた米沢藩の議会。藩議寮の規則や、議会日誌、議案、意見書などを、議員の一人である清水彦介が私誌として記録したもの。
  24. 岩瀬小右衛門覚書 (イワセコエモンオボエガキ)
    寛文4年の御半領で屋代郷3万石が米沢藩の御預所となる。その御預所代官として勤めた岩瀬の、御預所に関する諸事覚書。
  25. 旧例書抜 (キュウレイヌキガキ)
    米沢藩領内の故実や、税金や役職、諸制度などの旧例を書写し一冊に纏めたもの。「羽州往古より諸社堂并諸社料御知行寄進米」から「寛政三諸所江御役屋引軒高」まで、寛政年間までの48項目を収録する。
  26. 濫觴記 (ランショウキ)
    米沢藩での諸行事、諸願書など様々な事例を、諸記録から抜書したもので、その濫觴についても触れる。後半には、「米藩養蚕起元」、「大砲濫觴」等の記載がある。
  27. 米沢雑事 (ヨネザワザツジ)
    謙信や家臣の逸話、鉄砲に関わる事項、米沢城下で起きた出来事や災害など、様々な雑話を収録する。下限は文政12年の江戸大火の記載。
  28. 要情秘録 (ヨウジョウヒロク)
    知行収納の事から御厩方まで、諸役課税に関して、157項目について記載する。米沢藩の税制についての基礎資料。
  29. 町家大概書 (マチヤダイガイショ)
    米沢城下の町方に関する記録。町方16町の寛政3年(1791)の竈数(戸数)や検断・組頭などの氏名を記すほか、町家火消桶割・同定火消場所・日市金の根元・義倉の根元などを記す。
  30. 郷村出役心得之覚 (ゴウソンシュツヤクココロエノオボエ)
    安永元年(1772)、米沢藩は農村復興策の一つとして新たに郷村教導出役12名を任命、出役は農村に居住し農民の生活を指導した。その出役に布達された「教えの事」と「出役中心得之次第」の二つの心得書。本書は米沢藩士の小川尚篤の筆。
  31. 安政秘録 (アンセイヒロク)
    3月3日に起きた桜田門外の変の状況を米沢に知らせた仙仁玄通(米沢藩医)の書状の写、7日付の江戸からの書状の写の外、桜田門外の変に関する記録を収録する。
  32. 飯豊山穴堰記 (イイデサンアナゼキキ)
    寛政10年から文政3年まで20年を要し完成した飯豊山穴堰に関する普請(工事)の記録。付図として穴堰の絵図2枚(23.9×36.1・23.3×32.7)が巻末に挟まれる。
  33. 最上川通船記 (モガミガワツウセンキ)
    米沢藩の最上川舟運に関する記録。元禄5年の黒滝開削による舟運の願書から、寛政2年の艜船の新造願や、文政13年の願書まで収録する。
  34. 百二十五銀行日記 (ヒャクニジュウゴギンコウニッキ)
    明治11年に米沢に設立された第百二十五国立銀行の業務日誌。一巻は明治13年1月1日から明治14年11月5日まで、二巻は明治14年11月7日から明治18年7月2日まで記される。
  35. 渡部伊右衛門広豊記録 (ワタナベイウエモンヒロトヨキロク)
    大町の豪商・渡部伊右衛門家が書き留めた記録で、文久元年から大正元年まで記す。藩や県からの通達や辞令、献金、表彰等の記録や、冠婚葬祭等、多岐にわたり記される。
  36. 朝鮮来朝記 (チョウセンライチョウキ)
    延享5年(1748・寛延元年)に派遣された朝鮮通信使に関して、対馬府中藩でまとめた記録の写本。藩主は宗義如で、朝鮮人の官職名や献上物、行程など詳しく記される。
  37. 遺穂集 (イホシュウ)
    米沢藩家臣団の諸組の階級・格式・勤方などを書き纏めたもの。寛政10年、馬場66歳で執筆が終わり、同10年に神保蘭室の序文をもらい、清書は享和元年に完成。
  38. 戊辰実戦記 (ボシンジッセンキ)
    戊辰戦争において活躍、小隊長、大隊長、参謀と昇進した斎藤篤信が記した戊辰戦争の記録。戊辰軍記には収録しきれなかった小隊長時代の私記などを収める。
  39. 明治三庚午御触書 (メイジサンカノエウマオフレガキ)
    内藤が米沢藩の常備砲兵に選ばれた明治3年閏10月から同5年までの記録。常備砲兵の訓練の記録や諸通達などを日ごとに記録する。川崎(新島)八重に関する記録もみえ、注目される。
  40. 源姓武田氏系図 (ゲンセイタケダシケイズ)
    米沢藩高家衆の武田家の系図。武田家滅亡後、信玄の6男・信清は姉・菊姫が嫁ぐ上杉景勝を頼り、上杉家は重臣として迎え、米沢藩では親戚筋の高家衆として高い家格で遇された。
  41. 侍組席次 (サムライグミセキジ)
    米沢藩の最上級家臣団・侍組96家の、本姓・石高・屋敷の町名、氏名、嫡子氏名、家紋、菩提寺、知行地を、席順の順番で記したもの。
  42. 鷹山公御大病容体書 (ヨウザンコウゴタイビョウヨウダイショ)
    鷹山(第9代米沢藩主・上杉治憲)が病気となった文政4年10月から、死去する文政5年3月12日まで、鷹山の容態や食事などを記した記録。鷹山の御近習が記したもの。
  43. 猪苗代公務手引草 (イナワシロコウムテビキグサ)
    猪苗代組の勤務の概要を記した手引書。
  44. 編年子爵上杉家記 (ヘンネンシシャクウエスギカキ)
    米沢藩の支藩である米沢新田藩(1万石)の歴代藩主の事蹟を編年で編集したもの。整理番号3(13冊)は初代の勝周公の後半から、勝承公、勝定公、勝道公、勝賢公を収録する。
  45. 新撰月表 (シンセンゲッヒョウ)
    片桐が編纂した上杉家の年表で、上杉謙信が誕生した享禄3年から始まる。1年を12カ月の枠に分け、日付と出来事を記載。文政7年の序文を載せるが、年表は天保10年まで書き継がれる。
  46. 寓京漫筆 公武治乱機 (グウキョウマンヒツ コウブチランキ)
    文久3年、藩主上杉斉憲の上洛に供して京都に滞在。京都の混乱した情勢や公武合体運動の動静を見聞し、帰郷後に文久2年から3年頃の京都情勢の推移や見聞した話を纏めたもの。
  47. 甘粕氏家乗 (アマカスシカジョウ)
    上杉家(米沢藩)の重臣である甘粕家の歴史を纏めた記録。御記録所頭取となった甘粕継成が家伝の文書などを基に記述したもので、伝来の鎧の絵や、屋敷の部屋割なども記される。
  48. 軍務雑記 (グンムザッキ)
    戊辰戦争に参謀として越後に出陣した甘粕継成の日記。6月1日から7月1日までを記す。
  49. 軍務雑記 張胆禄 (グンムザッキ チョウタンロク)
    戊辰戦争に参謀として越後に出陣した甘粕継成の日記。5月1日から5月晦日までを記す。
  50. 古状案 (コジョウアン)
    色部が江戸で古文書を写したもの。直江平八婚礼の覚など直江関連の文書の外、山吉孫三郎関係の古文書などが収録される。なお、所々に米沢の郷土史家・今井清見の加筆がみられる。
  51. 米沢春秋 (ヨネザワシュンジュウ)
    慶長6年から明和4年までの、米沢藩の重大事項を記した年表。覚上公(初代藩主景勝)から元徳公(9代藩主治憲)まで記されるので、治憲(鷹山)が死去した文政5年以降の編集か。
  52. 奥羽編年史料 (オウウヘンネンシリョウ)
    伊佐早謙が編纂した編年の史料集。文治元年から文禄4年までの奥羽に関する古文書を、編年で収録する。
  53. 上杉侯家士分限簿 (ウエスギコウカシブゲンボ)
    上杉家の越後時代および会津時代の家臣団を記した、「越後侍中上納ノ一紙」「信州侍中定納之一紙」「五拾騎衆定納一紙」と「会津御在城分限帳」の4資料を収録。
  54. 会津御在城分限帳 (アイヅゴザイジョウブゲンチョウ)
    上杉家の会津120万石時代(慶長3~6年)の分限帳。1300名程の家臣名と知行高が記される。
  55. 分限帳 元禄三年 (ブゲンチョウ ゲンロクサンネン)
    元禄3年(1690)の米沢藩の分限帳。始めに御知行目録として知行取の家臣が記され、次いで御扶持目録として扶持取の家臣が記される。
  56. 分限帳 寛政五年 (ブゲンチョウ カンセイゴネン)
    寛政5年(1793)の米沢藩の分限帳。役職・組ごとに、石高(扶持)と姓名が記される。    
  57. 分限帳 享和三年 (ブゲンチョウ キョウワサンネン)
    享和3年(1803)の米沢藩の分限帳。役職や組ごとに、知行(扶持)高・年齢・姓名が記される。 
  58. 分限帳 天保十二年 (ブゲンチョウ テンポウジュウニネン)
    天保12年(1841)の米沢藩の分限帳。役職や組ごとに、知行(扶持)高・家督年・年齢・姓名が記される。 
  59. 分限帳 嘉永二年 (ブゲンチョウ カエイニネン)
    嘉永2年(1849)の米沢藩の分限帳。米沢藩全家臣団の名前・知行高(扶持高)・家督年・年齢が、所属する組ごとに記される。
  60. 御知行定 (ゴチギョウサダメ)
    各役職ごとに、知行高や、新知・加増の先例を調べ書き上げたもの。片山が編集、その有益性が認められ、藩命で清書され藩主の手元と奉行所に備えれれた。奉行所に備えられ写本か。
  61. 先祖由緒帳 (センゾユイショチョウ)
    米沢藩の中級家臣団である三手組(御馬廻組・五十騎組・与板組)の各家臣が提出した先祖の由緒書を纏めたもの。西尾市の岩瀬文庫にも3冊セットあり。
  62. 家督先後録 (カトクセンゴロク)
    慶長7年の侍組座並を始めに記し、その後の侍組の家督や、侍組の変遷を記す。また、跋文には上杉家が越後から会津120万石、米沢30万石、同15万石への変遷経緯を記し、直江兼続等を厳しく批判している。
  63. 南山公御言行録 (ナンザンコウゴゲンコウロク)
    米沢藩第8代藩主・上杉重定の言行をまとめたもの。
  64. アメリカ国ヨリ帰国人御答之下書(アメリカコクヨリキコクニンオコタエノシタガキ)
    異国船に助けられアメリカに滞在、その後に帰国した勇之助が質問に回答した下書。勇之助は米沢藩の預地であった越後国岩船郡板貝村の百姓・善之丞の養子。嘉永5年に難破し、同7年に帰国。漂流の状況やアメリカの生活様式等が記される。
  65. 江戸より米沢迄道中記 (エドヨリヨネザワマダドウチュウキ)
    米沢から江戸までの道中の、各宿駅までの里程、街道や宿駅の様子を記した記録。
  66. 告諭案 (コクユアン)
    米沢藩知事の上杉茂憲が、近代化を目指す国政についての考え方を示し、士卒平民に告諭したもの。
  67. 削封日帳 (サクホウニッチョウ)
    寛文4年(1664)閏5月10日より始まる米沢藩奉行・黒川義忠の奉行日帳。江戸から綱勝死去の報が届いてからの、米沢藩中枢の対応が記される。
  68. 組外公務雑記 (クミホカコウムザッキ)
    米沢藩の組外御扶持方(くみほかごふちかた)が就く役職の、由来や勤務の仕方などを記した公務手引書。青苧御蔵役・御細工頭・御林役など種々の役目や、諸書類の様式、活躍した人物例が記される。
  69. 増補旅使奏訓 (ゾウホリョシソウクン)
    御留守居役の赤津が著した「旅使奏訓」を増補したもの。江戸勤めにあたっての留意事項を記し、江戸と米沢での呼び方の違いなども記される。
  70. 農家伍什組合掟書 (ノウカガジュウクミアイオキテガキ)
    享和元年(1801)、木版印刷して農民に配布された掟書。五人組、十人組、一村、組合村が相互扶助するよう通達している。
  71. 商戸伍什組合掟書 (ショウコゴジュウクミアイオキテガキ)
    享和元年(1801)、木版印刷して城下の町民に配布された掟書。五人組、十人組、町内が相互扶助するよう通達している。
  72. 上堰下堰普請杣帳 寛政10年 (カミゼキシモゼキフシンソマチョウ)
    黒井堰の工事を監督した黒井半四郎が、工事現場で記した野帳。堰や樋の大きさ、人足や用材などの数量を記す。
  73. 判所改所御令条書 (ハンジョアラタメジョゴレイジョウガキ)
    米沢藩が、通行手形(入判・出判)を管理する判所と、荷物流通を管理する改所に通達した法令を編集したもの。関連する四境口番所への法令も収録する。

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  1. 豊臣秀吉書状 (トヨトミヒデヨシショジョウ)
    秀吉が、去月(天正12年6月)に景勝が贈った太刀・馬・刀と天目茶碗に対するお礼と、証人(人質)を送った事に対する返礼状。上杉の使者は大石播磨守が勤めた。
  2. 徳川秀忠書状 (トクガワヒデタダショジョウ)
    慶長3年、上杉中納言(景勝)が上洛したことに対し、徳川秀忠が大石・岩井・安田の会津三奉行に宛てた書状。
  3. 上条定憲書状 (ジョウジョウサダノリショジョウ)
    天文2年(1533)より上条定憲と長尾為景との争いが再発し(天文の乱)、その戦乱で桐沢が負傷し、養生するように定憲から穴沢新右兵衛尉(長勝)に宛てた書状。
  4. 上杉景勝書状 (ウエスギカゲカツショジョウ)
    景勝が会津三奉行の大石・岩井・安田に対し、諸境の仕置を堅固にするよう命じた書状。慶長3年~同5年頃の書状か。
  5. 上杉景勝書状 (ウエスギカゲカツショジョウ)
    大石元綱の昼夜の働きに対し、景勝が、下平分と大石惣助分の知行を宛行った書状。今後も油断なく働くことを命じている。
  6. 上杉景勝書状 (ウエスギカゲカツショジョウ)
    景勝が家臣の桐沢但馬守に宛てた書状。桐沢はこの頃は枇杷島城城代。書状のお礼と、大石播磨守が秀吉の元から帰国、良い交渉であったことを伝える。
  7. 渋井太室宛上杉鷹山書1 (シブイタイシツアテウエスギヨウザンショジョウ イチ)
    鷹山から師の渋井太室(佐倉藩儒者)に宛てた書状4通を一軸としたもの。昭和47年に太室の子孫より米沢図書館に寄贈された。
  8. 渋井太室宛上杉鷹山書2 (シブイタイシツアテウエスギヨウザンショジョウ ニ)
    鷹山から師の渋井太室(佐倉藩儒者)に宛てた書状4通を一軸としたもの。昭和47年に太室の子孫より米沢図書館に寄贈された。
  9. 渋井太室宛上杉鷹山書3 (シブイタイシツアテウエスギヨウザンショジョウ サン)
    鷹山から師の渋井太室(佐倉藩儒者)に宛てた書状3通を一軸としたもの。昭和48年に太室の子孫より米沢図書館に寄贈された。
  10. 上杉定勝書状 (ウエスギサダカツショジョウ)
    上杉定勝が江戸家老の千坂高治にあてた書状。高治の父・安芸守(高信)が22日に死去した報を受け、お悔やみを伝えると共に、江戸の公用が滞らないよう依頼。
  11. 上杉治広書状 (ウエスギハルヒロショジョウ)
    病身の千坂にあてた見舞状。油断なく療養するよう伝えている。千坂太郎左衛門高容は文化元年6月に病身を理由に侍頭を退役、同年2年7月に致仕(隠居)している。この際の見舞状か。
  12. 上杉定勝書状 (ウエスギサダカツショジョウ)
    上杉定勝が江戸家老の千坂伊豆高信に送った書状。直江後室が高野山へ参詣したのに対し、国許から滝沢・大国を派遣した旨を伝える。滝沢の先祖書では寛永4年と記すが、御年譜には記載なし。
  13. 上杉謙信朱印状 (ウエスギケンシンシュインジョウ)
    上杉謙信が上野国小川城(群馬県月夜野町)に居る小河可遊斎に、越後からの荷物受取・関渡を命じた朱印状。印文は鼎の中に「梅」。
  14. 小河可遊斎条書 (オガワカユウサイジョウショ)
    今後は、上杉景勝の傘下として働くこと、越後の悪口を云う者があれば届け出ることなどを誓った条書。
  15. 武田勝頼知行宛行状 (タケダカツヨリチギョウアテガイジョウ)
    天正8年(1580)、武田勝頼が小河可遊斎に対し、沼田河東の本領を安堵した知行宛行状。
  16. 上杉斉定書状 (ウエスギナリサダショジョウ)
    米沢藩の奉行・中老に宛てた斉定の直書。幕府より普請役が命じられ帰れなくなり、不在の間の国許の政治を宜しくするよう依頼している。
  17. 上杉定勝書状1 (ウエスギサダカツショジョウ イチ)
    上杉定勝が江戸家老の千坂に宛てた書状(折紙)13通を一巻に貼り継ぐ。
  18. 上杉定勝書状2 (ウエスギサダカツショジョウ ニ)
    上杉定勝が江戸家老の千坂に宛てた書状(折紙)13通と幕府老中への書状案4通を一巻に貼り継ぐ。
  19. 上杉定勝書状3 (ウエスギサダカツショジョウ サン)
    上杉定勝が江戸家老の千坂兵部少輔高治に宛てた書状9通を一巻に貼り継ぐ。2通目以降は宛名を切り貼り継ぐ。
  20. 上杉定勝書状4 (ウエスギサダカツショジョウ ヨン)
    上杉定勝が江戸家老の千坂に宛てた書状9通を一巻に貼り継ぐ。
  21. 上杉定勝書状5 (ウエスギサダカツショジョウ ゴ)
    上杉定勝が江戸家老の千坂に宛てた書状6通を一巻に貼り継ぐ。
  22. 上杉綱勝書状1 (ウエスギツナカツショジョウ イチ)
    上杉綱勝が江戸家老の千坂兵部少輔高治に宛てた書状(折紙)16通と老中宛書状案等2通を一巻に貼り継ぐ。
  23. 上杉綱勝書状2 (ウエスギツナカツショジョウ ニ)
    上杉綱勝が江戸家老の千坂兵部少輔高治に宛てた書状10通を一巻に貼り継ぐ。
  24. 上杉綱勝書状3 (ウエスギツナカツショジョウ サン)
    上杉綱勝が江戸家老の千坂兵部少輔高治に宛てた書状8通と他2通を一巻に貼り継ぐ。
  25. 上杉綱勝書状4 (ウエスギツナカツショジョウ ヨン)
    上杉綱勝が江戸家老の千坂家に宛てた書状8通を一巻に貼り継ぐ。ただし宛名は切り貼り継がれる。
  26. 上杉綱勝書状5 (ウエスギツナカツショジョウ ゴ)
    上杉綱勝が江戸家老の千坂兵部少輔高治に宛てた書状10通を一巻に貼り継ぐ。
  27. 上杉綱勝書状6 (ウエスギツナカツショジョウ ロク)
    上杉綱勝が江戸家老の千坂兵部少輔高治に宛てた書状7通を一巻に貼り継ぐ。
  28. 上杉綱勝書状7 (ウエスギツナカツショジョウ ナナ)
    上杉綱勝が江戸家老の千坂兵部少輔高治に宛てた書状4通と、他5通を一巻に貼り継ぐ。吉良上野介義央と妹・三姫との婚約を了承する書状を含む。
  29. 細井平洲書状 (ホソイヘイシュウショジョウ)
    平洲が、鷹山の側医・藁科松伯へ宛てた書状。病気のため間もなく帰国する藁科に対し、先日は面談できず残念、諸事を伝える。

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  1. 日記 (ニッキ)
    米沢藩士・木村高広の日記。寛延2年に御右筆に入ってから、安永3年までの出来事などを記している。
  2. 明先日記 (アケサキニッキ)
    米沢藩士・木村高広の日記。宝暦6年正月3日~12月29日までの日記と、同年の小遣や薬の覚等が綴られる。宝暦5年の飢饉後の惨状も記される。
  3. 日記 (ニッキ)
    米沢藩士・木村高広の日記。天明2年正月朔日~10月18日までの日記。最後は病気のため隠居願を提出、許可された記載で終わっている。
  4. 杏隠私記 (アンインシキ)
    米沢藩医であった水野道益の隠居後の日記。万延2年6月に道益が提出した隠居願から始まる。杏陰は隠居後の号か。表紙に江都客舎とあるように、江戸で記された日記である。
  5. 日記 (ニッキ)
    米沢藩士・吉田綱富の自筆日記。寛政10年正月21日から文化元年12月までを書き留めている。吉田家文書には、この他24冊の綱富の自筆日記が入っている。
  6. 伊勢参宮道中記 (イセサングウドウチュウニッキ)
    米沢藩士の吉田丈助が、文政3年に仲間6人と伊勢参宮した際の道中日記。2月1日に米沢を出発、伊勢参宮後は、吉野、高野山、大坂、京、善光寺を経由して3月27日に米沢に帰着している。
  7. 日記 (ニッキ)
    米沢藩士・北村信精の日記。文化元年2月6日に郷村出役に任命された事項より、同年10月22日迄の日記と、諸覚を記す。
  8. 日記 (ニッキ)
    米沢藩士・北村信精の日記。文化元年11月から翌2年9月7日迄の日記。郷村出役として北条郷(南陽市)に派遣された時期の日記。郷村出役の仕事を知る上で貴重な資料。
  9. 日記 (ニッキ)
    米沢藩士・北村信精の日記。文化2年9月8日から12月28日迄の日記。郷村出役として北条郷(南陽市)に派遣された時期の日記。郷村出役の仕事を知る上で貴重な資料。

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  1. 孔子通紀 (コウシツウキ) 8巻
    孔子の道統と世系、その言行、孔子歿後に歴代王朝が贈った褒号・封号、歴代の孔子の祭祀、さらに孔子の弟子や孔子の子孫のこと記す。
  2. 歴代君臣図像 (レキダイクンシンズゾウ) 2巻
    中国史上に著名な君臣のうち、40名の君主を上巻に、68名の臣下を下巻に収め、君臣の図像を前半葉に掲げ、後半葉にその事跡を記し、賛を加えた。
  3. 古今人物論 (ココンジンブツロン) 36巻
    明の鄭賢が、三皇・五帝を始め中国の歴史上著名な人物に関する諸家の評伝を輯録して、その後に彼自らの評論を加えた書。本書は万暦36年(1608)の刊本。
  4. 有象列仙全伝 (ユウショウレッセンゼンデン) 9巻
    中国古来の仙人497名の伝記・逸事を集め、図像を附したもの。明末の刊本と思われるが、図は刻線が細く美しい。
  5. 五朝名臣言行録 前集10巻、後集14巻、続集8巻、別集26巻、外集17巻 (ゴチョウメイシンゲンコウロク)
    中国宋代の名臣といわれた人々の言行や逸話などを列伝風に記した書。前集・後集は朱熹、続集・別集・外集は李幼武が撰した。帝王学のテキスト、臣下の手本として,中国・朝鮮・日本で広く読まれた。
  6. 排韻増広事類氏族大全 (ハイインゾウコウジルイシゾクタイゼン) 10巻
    古今の歴史上の人物を、姓によって韻の順序に排列し、それぞれ逸事美談について題を加え小伝が附してある。
  7. 精刻張翰林重訂京本排韻増広事類氏族大全 (セイコクチョウリンジュウテイキョウホンハイインゾウコウジルイシゾクタイゼン) 27巻
    元の時代に作成された氏族大全に、明の張溥が元明の部分を加えたもの。本来この版本は全28巻(蓬左文庫本など)であるが、本書は目録にも28巻が欠落しており、完本のようにみえる珍しい例。
  8. 帝鑑図説 (テイカンズセツ) 6巻
    明の張居正が、皇太子(後の神宗)のため、上代から宋までの諸帝の政治の善悪を、絵入りで説明したもの。本書は慶長11年に豊臣秀頼が刊行したもので、承兌の跋を欠く。表紙は朝鮮の表紙で改装。
  9. 人鏡陽秋 (ジンキョウヨウシュウ) 22巻
    中国古今の手本とすべき人物を、忠・孝・節・義の4部に分類し、挿絵を配して解説し、著者の評を加えた書。本書は万暦28年(1600)序の刊本。
  10. 熙朝軼事 (キチョウイツジ) 2巻
    人々の徳を後世に残すため、「公私見聞録」「雷淵集」等31種の記録雑著よりその伝を抄録したもの。84人の逸事を、孝友・忠義・文学・書画・琴碁・医卜・烈女の順に排列する。本書は朝鮮李太王3年(1886)序の刊本。
  11. 帝鑑図説 (テイカンズセツ) 12巻
    上代から宋にいたる間の諸帝の善悪の政績を、絵入りで説明したもの。本書は豊臣秀頼開板の慶長11年活字本のうち、無跋本を翻訳刊行したもの。
  12. 聖徳太子伝暦 (ショウトクタイシデンリャク)
    聖徳太子の伝記で、編年体で記す。延喜17年(917)に藤原兼輔が撰述したとされるが、異説もある。本書は寛永5年(1628)の刊本。
  13. 聖徳太子伝暦 (ショウトクタイシデンリャク)
    聖徳太子の伝記で、編年体で記す。本書は「仙誉」による写本。上下巻の区画は寛永5年刊本と一致するが、末尾に太子馬脳記文と太子末世記文とを附載する。
  14. 清正記 (キヨマサキ) 4巻
    加藤清正の伝記。成立時期は不詳だが、17世紀中ごろと推定される。本書は寛文3年(1663)の刊本。
  15. 鶴城叢談 (カクジョウソウダン)
    米沢藩の著名人物についての美談・逸話を纏めたもの。1巻は謙信・景勝、2巻は定勝以降の藩主と家族、3巻以降は本庄美作ほか159名の家臣団・領民の記事である。
  16. 聿修篇 (イッシュウヘン)
    上杉鷹山の藩政改革を推進した奉行(国家老)竹俣当綱の事蹟録。馬場は役所役として竹俣の下で勤め、当綱の孫・良綱の依頼を受け編集したもの。
  17. 綱富一代記 (ツナトミイチダイキ)
    宝暦6年12月の出生から、弘化3年に91歳で養老米を拝領する迄の吉田綱富の一代記。自分の生涯を纏め、自筆したものか。最後に異筆で綱富の法名と嘉永2年11月13日に94歳で病死したことが追記される。
  18. 翹楚篇 (ギョウソヘン)
    上杉鷹山の側近であった莅戸善政が著した鷹山の事蹟録。鷹山の長男・顕孝に藩主教育のため贈ったもの。明君録として多くの写本が作成され、各地で写本が確認されている。本書は米沢新田藩主上杉勝道の筆写本。
  19. 羽陽叢書 (ウヨウソウショ)
    上杉鷹山の事蹟を紹介するために米沢で刊行された叢書。巻1~巻6は鷹山の言葉(誓詞・和歌・訓戒書)を編集した「甘棠編」を載せ、巻7は莅戸太華が著した鷹山の事蹟録「翹楚篇」を載せる。巻8は「政徳篇」。
  20. 盍言篇 (コウゲンヘン)
    上杉謙信の略伝。一般に兄晴景との争いなど誤りが広まっているのを憂い、訂正する目的で記述。序は古賀侗庵(儒学者)。巻末に侗庵の「良将達徳」からの写を付す。少々の火損あり。
  21. 南亭余韻 (ナンテイヨイン)
    米沢藩第9代藩主・上杉治憲(鷹山)の遺文を編集したもので、藩主の子弟や家臣に与えた教訓書が多く収録される。南亭とは、鷹山が隠居後に住んだ三の丸御殿(餐霞館)の別称。米沢城の南に位置することから称された。
  22. 米藩名家録 (ベイハンメイシンロク)
    上杉治憲(鷹山)の藩政改革を補佐した名臣の人物・事蹟を紹介する。上巻(天)は竹俣当綱・莅戸善政・莅戸政以の3名、中巻(地)は木村丈八等4名、下巻(人)は佐藤秀周等7名を載せる。

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  1. 大明一統志 (ダイミンイットウシ) 90巻
    中国の明代に作成された全国地誌書。本書は大判の朝鮮活字印本であるが、40巻までの32冊で、41巻以降を欠く。
  2. 出羽国風土略記 (デワノクニフウドリャッキ) 10巻
    出羽国の地理・沿革・名所・産物等を詳述する。1~4巻は田川郡、5・6巻は飽海郡、7巻は飛鳥郡、8巻は由利郡、9巻は秋田・手鹿・山本の3郡、10巻は最上・村山・置賜の3郡。
  3. 日本鹿子 14巻 序目1巻 (ニホンガノコ)
    五畿七道の城市・社寺・知行高・名所旧蹟・名物・里程などを略記した旅行案内記。本書は元禄4年(1691)の刊本で、初版本と思われる。
  4. 米府鹿子 (ベイフカノコ)
    近世期の代表的な米沢の地誌書。1巻には道程・町名・人口、2巻には米沢城の規模・年中行事、3巻には上級家臣団の石高・菩提寺・家紋、4巻には著名な医師・絵師・歌人・神社、5巻には温泉・名所・産物、6巻には寺院が記される。
  5. 米府鹿の子(2冊本) (ベイフカノコ)
    近世期の代表的な米沢の地誌書。1巻には道程・町名・人口、2巻には米沢城の規模・年中行事、3巻には上級家臣団の石高・菩提寺・家紋、4巻には著名な医師・絵師・歌人・神社、5巻には温泉・名所・産物、6巻には寺院が記される。
  6. 里のしるべ (サトノシルベ)
    置賜の地誌書として明治初期に米沢で出版されたもの。置賜管内の町・村の名称が列記される他、歴代天皇名、国名、史跡なども記される。また、日本地図・米沢市街全図等の地図が挿入されている。
  7. 米沢地名考 (ヨネザワチメイコウ)
    米沢の地名や墓・館・橋などの名称を、漢文調の漢字で表し、別表記や概略を記す。御廟は太宗廟、馬口労町は馬師街、花沢橋は花渓橋など。
  8. 米沢風土記 (ヨネザワフドキ)
    清水彦介が記した米沢の地誌書。江戸時代に書かれた「米府鹿子」などからの引用も見られるが、上杉神社や松岬公園など明治期の事項も記載される。
  9. 米沢里人談 (ヨネザワリジンダン)
    近世期の米沢の地誌書。上巻には国界・気運・方位から道路・仏寺・神社・旧跡などの地誌が収められる。下巻は米沢の歴史や伝説・珍談・習俗などを記す。
  10. 邑鑑 (ムラカガミ)
    置賜郡(上長井と下長井に分ける)・伊達郡・信夫郡の、各村の石高、戸数、人数および桑・漆・紅花・青苧の特産作物の有無を記す。近世初頭の米沢藩領村落の基礎資料。その記載の元となった検地の年代に関し論争がある。
  11. 米沢事跡考 (ヨネザワジセキコウ)
    米沢の地誌書。山田親房が草案を作成し、千葉篤胤が撰んだとする。国堺・封城・城・郷村・山川・土産・神社・仏寺・墳墓・古城・旧跡の11項目が記される。
  12. 米沢風土記拾遺 (ヨネザワフドキシュウイ)
    清水彦介が以前に記した地誌書「米沢風土記」を増補したもの。米沢、米沢城から始まり、中巻は名勝旧跡、下巻には神社・仏閣の由緒を記す。

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  1. 米沢福島領道法御改清帳 (ヨネザワフクシマリョウドウホウオアラタメセイチョウ)
    米沢領内の各街道について、道に沿った峠・村名・川・橋および距離を調べ、彩色で記した帳面。正保2年4月1日から5月20日まで、3人2組に分かれ調査している。正保の国絵図作成の準備作業と思われる。
  2. 御絵図由来覚書 (オエズユライオボエショ)
    米沢藩で所蔵する各種絵図について、その由来や作成過程、作成に関わる資料を記した覚書。政方(閑養)83歳の時の覚書。
  3. 御絵図由来書 (オエズユライショ)
    絵図方の岩瀬家が、米沢藩で所蔵する国絵図・郷村帳・境絵図・城下絵図・御境諸口絵図などの由来を記したもの。現在、上杉文書に残る大判の絵図の作成経緯を知ることができる。
  4. 米沢城御本丸図 (ヨネザワジョウゴホンマルズ)
    旧米沢城の本丸を、北東側から見て描いた図。本丸の堀と土塁、御三階と称される三層の隅櫓、謙信の遺骸を納める御堂、奥には本丸御殿の屋根が描かれる。
  5. 江戸道中絵図(米沢~江戸) (エドドウチュウエズ)
    米沢から江戸までの道中を鳥瞰図的に描いた冊子体の絵図帳。各街道の様子や宿場町の外観が描かれている。
  6. 江戸道中絵図(江戸~米沢) (エドドウチュウエズ)
    江戸から米沢までの道中を描いた冊子体の絵図帳。
  7. 御城下并原々屋鋪割帳 天保15年 (ゴジョウカナラビハラバラヤシキワリチョウ)
    米沢城下及び原方の家臣団屋敷を帳仕立てで作成した絵図。天保15年に作成されたものだが、その後の移動を貼り紙で記載する。
  8. 御城下并原々屋鋪割帳 文政8年 (ゴジョウカナラビハラバラヤシキワリチョウ)
    米沢城下及び原方の家臣団屋敷を帳仕立てで作成した絵図。文政8年に作成されたものだが、その後の移動を貼り紙で記載する。

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  1. 管見談 (カンケンダン)
    米沢藩が家臣団に意見を募集した際に提出された建言書。序論・士人・農人・町人にわけ政策を述べ、これまでの藩政を批判している。著者の立遠は父の罪に連座していたが、この意見書が認められ、御記録所係に登用された。
  2. 総紕 (ソウヒ)
    寛政3年、隠居していた莅戸善政を藩政中枢の中老に復帰させ、藩政改革は再始動した。「総紕」は莅戸が改革の基本方針として発表したもので、47項目の改革の方策が示される。上杉文書(米沢市上杉博物館蔵)には上下2冊本の写本(上杉827)がある。
  3. 樹畜建議 (ジュチクケンギ)
    米沢藩の藩政改革の一環として莅戸善政(当時は中老)が提出した、衣食住日用品資源の増産計画書。この計画は、直ちに大目付・六老といった藩中枢や、担当役人に回覧され、意見が提出された。
  4. 樹畜建議衆評 (ジュチクケンギシュウヒョウ)
    莅戸善政が提出した増産計画書に対し、黒井半四郎(六老)や丸山平六(大目付)、担当役人が提出した意見書をまとめたもの。
  5. 凶荒予備 (キョウコウヨビ)
    莅戸善政が為政者の立場で、凶作への対応策や通達を纏めたもの。天明飢饉の経験をふまえ、かてものの心がけ、酒豆腐菓子の禁止令など、具体的な対応策が記される。自序は寛政7年とあるが、同9年の通達案が入り、寛政10年に編集されたものと考えらえる。
  6. 凶荒録 (キョウコウロク)
    米沢藩が飢饉に対応して通達した法令や、飢饉に関した記録を編集したもの。寛永19年の達から始まるが、主は天明の飢饉に際しての法令を収める。編集濫觴には、後世の亀鑑とするよう片山に編集が命じられた経緯を記す。
  7. 朱子社倉法解 (シュシシャソウホウカイ)
    朱子が説いた社倉(凶作などに備え米も蓄える制度)についての解釈書。「稽古堂蔵書」の印があり、上杉鷹山が備荒蔵の設置に参考としたものか。
  8. 農家立教 (ノウカリッキョウ)
    安永元年に農村を指導する郷村出役を設け12名を任命、その通達、任命者や郷村出役の心得、指導法を記した行事仕立方内評等を収録。
  9. 産語 (サンゴ)
    太宰春台が著した儒学・経済の書。「稽古堂蔵書」印があり、鷹山の書斎に置かれた書物。本文の欄外には墨と朱の書入れが見られるが、鷹山が勉強して書入れたものか。
  10. 家之記 (イエノキ)
    当綱が子孫へ伝えるべき教訓や諸知識、薬の知識などを記したもの。朱筆は細井先生とあるが要検討。
  11. 機密 (キミツ)
    隠居押込めに処されている竹俣当綱が、在職中の業績を記し、当綱が奉行職再任が必要であることを、隣国の会津藩に訴えている。
  12. 患難 (カンナン)
    当綱が竹俣家家来に出した達書。苦しい家計の中で苦労をかけたが、新藩主鷹山は上杉家や家臣のため苦労をされているので、今後も倹約に励み尽くしてほしいと依頼している。
  13. 忠恕 (チュウジョ)
    当綱な当家家来へ対し、奉公の心得や作法、教訓を通達した書。
  14. 雨夜のむかし (アマヨノムカシ)
    当綱が起草した、足軽18組に対する奉公の心得、人道の心得。安永8年に通達された。
  15. 四境御〆書 (シサカイオシマリショ)
    安永7年、米沢藩は新たに四境御取締役場を設け四境廻村横目を任命、その四境廻勤役に対して通達された勤方の心得。安永7年12月と安永8年2月の通達を収録。
  16. 小藪のすぐ道 (コヤブノスグミチ)
    竹俣が四境御用掛頭取と東町改所御付横目に示した、勤め方の心得。
  17. 盛栄兆 (セイエイノキザシ)
    天明7年、幕府より鷹山の治世を表彰されたことに関し、鷹山の生来の徳行や、鷹山の治世・業績について記したもの。「衰廃兆」とセットで書かれたものか。
  18. 耳雑談 (ミミゾウダン)
    安永7年、米沢藩は新たに四境御取締役場を設け四境廻村横目を任命、その四境廻勤役に対して通達された勤方の心得。
  19. 立政録 (リッセイロク)
    米沢藩の政治中枢を担当する奉行・中老・大目付・記録方・筆官・役所役の心得るべきことが、政策ごと詳しく述べられている。また臣道として家臣の勤め方の良い例や悪例を示している。
  20. 案(上言書案文) (アン)
    宝暦12年、竹俣が藩主重定へ上言した際の案文。米沢藩の疲弊状況や、姦佞の臣(森平右衛門)の専横を訴えている。
  21. 樹養篇 (ジュヨウヘン)
    上杉鷹山の重臣・竹俣当綱の提言書。漆・桑・楮の各100万本植立計画を、具体的な数字を示して提言している。
  22. 言上草案八 (ゲンジョウソウアンハチ)
    竹俣や千坂・色部・須田・芋川の5重臣が協議し、8代藩主重定に対して上言した倹約の案文。67ケ条の倹約案を提言している。
  23. 御治国評判書発端 (ゴチコクヒョウバンガキホッタン)
    明和3年に改革案「御治国評判書」が纏められたが、その作成される発端を記す。米沢藩が直面している窮状が記される。
  24. 兎兵法 (ウサギノヘイホウ)
    竹俣が新藩主となった鷹山に対し、米沢藩の軍政や国政に関して、前例や竹俣の意見を示したものか。
  25. 衰廃兆 (スイハイノキザシ)
    鷹山隠居後に採用された、漆木植立の停止、儒者退官など、消極的な政策に対する批判の提言書。「盛栄兆」とセットで書かれたもの。
  26. 治国大言録 (チコクタイゲンロク)
    失脚した竹俣が、先生(神保蘭室か)に対し書き綴った、自分が主導してきた政治の弁明書。
  27. 国政談 (コクセイダン)
    竹俣当綱が記した諸政策の意見および記録。鷹山と竹俣が行った前期藩政改革の概要が知られる。
  28. 聞書雑書 (キキガキザッショ)
    竹俣が、米沢の言葉(方言)の特色や用例等を書き留めた記録。
  29. 見聞雑録 (ケンブンザツロク)
    李花園の見聞雑録7巻の写で、上杉家や米沢に関する雑話や、米沢街評記、地誌に関する項目などを収録する。
  30. 邇言 (ジゲン)
    米沢藩の国政に関する建言書。若殿傅役であった近藤宛てに提出され、時期藩主の教育を主眼とした。
  31. 管見談(別本) (カンケンダン)
    米沢藩が家臣団に意見を募集した際に提出された建言書。林泉文庫本(AB414001)より詳しい記載が見受けられる。
  32. 天雷子 (テンライシ)
    「御廟祭再建議」「貸座敷可設之上書」「士族論」などの意見書や、「謙信公小伝」「小林翁を弔スル文」などの原稿を収録する。明治期の清水彦介の著作稿本。
  33. 続天雷子 (ゾクテンライシ)
    「天雷子」の続編だが、1・2巻を欠く。「直江城州墓所修繕募金」などの清水彦介の意見書や原稿を収録する。

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  1. 長暦 (チョウレキ) 2巻
    長暦は日の善悪、四季土用、歳徳の所座など暦上の術数を考究したもの。巻1の序末に「時寛永甲戌夏」の年記がある。
  2. 流虬百花譜 (リュウキュウヒャッカフ)
    本草学者の佐藤中陵が編集した琉球の植物図譜の写。佐藤は薩摩藩から招聘され天明年間に琉球を調査した。米沢藩は寛政4年(1792)に佐藤を招聘し本草学を学んでいる。この際に米沢で写されたものと思われる。
  3. 天日月運行 (テンジツゲツウンコウ)
    天文学の書の写で、太陽(日)や月の運行について、その計算法等が記される。鷹山が自ら天文を学ぶために写したものか。

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  1. 司牧療馬安驥集 (シボクリョウバアンキシュウ) 7巻附1巻
    中国で唐時代に作られた馬医書で、日本にも伝わり仮名で再編集された「仮名安驥集」が広く用いられた。本書は弘治17年(1504)の序が付く、世界的にも古い刊本と評価されている。
  2. 馬経通玄全論注解 (バケイツウゲンゼンロンチュウカイ) 6巻
    馬の疾病の療法で、項目を分けて症状とその説明があり、療法を歌で示し図解を附したもの。『四庫全書総目提要』の子部医家類存目の中の「司牧馬経痊驥通玄論六巻」にあたる。本書は、米沢善本45「司牧療馬安驥集」とセットで麻谷蔵書に入ったものと思われる。
  3. 安驥集 (アンキシュウ) 60巻
    『安驥集』は中国・唐時代に作られた馬医書。本書はそれを抜粋和訳したもので、巻末等に元禄元年・元亀2年の年記、訳著者名とおぼしき仲国・仲綱の名や、桑嶋新左衛門尉・小松源次郎・同久蔵等の名がみられる。
  4. 門人姓名録 (モンジンセイメイロク)
    米沢藩医の水野家の門人帳。米沢藩領内から最上・庄内や松前学館からの入塾生の名前が記される。幕末から明治期頃の門人帳か。明治12年4月入塾の記載が見える。
  5. 杉山先生御伝記 (スギヤマセンセイゴデンキ)
    鍼の施術法の一つである管鍼法を創始した初代検校の杉山和一と、2代検校の三浦安一、3代検校の島浦和田一の事蹟を記したもの。3代の和田一は米沢の遠山村に生まれ、千勝院の毘沙門天を深く信仰した話が記される。
  6. 幼幼精義 (ヨウヨウセイギ)
    ドイツ人医家フーフェランドの著した医学書の蘭訳書から、小児医書の部分を翻訳・出版したもの。日本で初の小児科医書として著名。
  7. 医家必携 (イカヒッケイ)
    西洋(オランダ)の薬物について、薬剤の効用ごとに名称を記し、配分量や使用例を記す。一般医家が容易に参考できる書籍として刊行された。跋文は米沢藩医の髙橋玄勝が記す。

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  1. 農政全書国字 (ノウセイゼンショコクジ)
    安永7年(1778)、郷村出役の今成・蓬田が藩に提出した農業改良の提言書。中国の農書や宮崎安貞の「農業全書」を引用するとともに、実績を挙げている農家の作業を取り入れ、改良を提言している。
  2. 養蚕手引 (ヨウサンテビキ)
    米沢藩が養蚕の振興を目的として、米沢の気候にあわせた蚕の飼育方法を記したものを木版印刷して領内に配ったもの。享和2年に刊行・配布された「かてもの」を手本に木版印刷されたと思われる。
  3. かてもの (カテモノ)
    米沢藩が飢饉に備え、糧(かて)となる野草類をいろは順位に列記し、調理法・食べ方を記したもの。木版印刷して領内に配布し、天保の飢饉の際に役立ったといわれる。
  4. 米沢産物集 (ヨネザワサンブツシュウ)
    幕府の命により米沢藩が元文2年に提出した「産物帳」の写本。米沢藩領内で確認される植物・魚類・鳥類・獣類・虫類の名称が記される。なお、同時に提出された図帳は確認されていない。
  5. 郷村手引 (ゴウソンテビキ)
    米沢藩が農民や農政担当者に布達した法令を収録したもので、農政担当者の手引書となった。本書は西通御代官所に備えられたもので、四冊目は続編として継ぎ足されたもの。
  6. 北条郷寒造之弁 (ホウジョウゴウカンヅクリノベン)
    北村が郷村出役として北条郷漆山村(現在の南陽市)に10年間居住し、農村指導にあたった経験を記したもの。農作業の段取りなど記した農書になっている。
  7. 養蚕手引草 (ヨウサンテビキグサ)
    養蚕の方法を記し刊行した「養蚕手引草」の後ろに、東瀧村(現小国町)養蚕手引役の井上五郎兵衛が記した養蚕に関する箇条書を合せ、装丁している。彫師は大町の舟山(伊豆屋)善四郎。
  8. 飯粮集 (ハンロウシュウ)
    天明3年(1783)の飢饉の際、藩の命によって米沢藩医14名が、飯の糧(かて)になる草木を調べ、「民間備荒録」に記していないものを書き記したもの。この調査が、後に出版配布される「かてもの」に生かされた。

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  1. 右編補 (ウヘンホ) 10巻
    明の唐順之が歴代の奏議を集めて『右編』を編し、その歿後に劉曰寧、朱国楨が補って刊行したが、それを更に補ったもの。
  2. 擬表 (ギヒョウ) 6巻
    中国・清の趙登捷が、琉球で表文(琉球から中国皇帝におくる公文書)を編集分類したもの。旧林泉文庫本。
  3. 文献通考 (ブンケンツウコウ) 348巻
    上古より南宋の嘉定年間(1208~24)に至る歴代の典章制度の沿革を記した、儀式制度文献。
  4. 史臠 (シレン) 25巻
    中国の歴史書である二十一史の要点を抜粋して、年代順に配列した史学入門者の参考書。本書は万暦46年(1618)序の刊本。
  5. 貞観政要 (ジョウガンセイヨウ) 10巻
    「貞観の治」で知られる唐の太宗が、群臣と交わした政治議論を40編に分類収録。為政者の必読書となる。本書は、徳川家康が慶長5年に刊行した伏見版。
  6. 新刊性理大全 (シンカンセイリタイゼン) 70巻
    性理学(朱子学)の大全集。明の永楽帝の命で、胡広らが『五経大全』『四書大全』と共に編纂したもの。本書は嘉靖31年(1552)に双桂書堂で刊行された新刊。
  7. 性理大全 (セイリタイゼン) 70巻
    性理学(朱子学)の大全集。明の永楽帝の命で、胡広らが『五経大全』『四書大全』と共に編纂したもの。本書は朝鮮刊本であるが、年書・刊地を明示しない。
  8. 武備志 (ブビシ) 240巻
    中国、明代の兵法書で、古今の戦術・武器・地理学に関する軍事知識を集大成した。天啓元年(1621年)、明の茅元儀により編纂、刊行された。全240巻に及び、膨大な図譜を添付する。
  9. 武経総要 前集22巻、坿百戦奇法1巻 後集21巻、坿行軍須知2巻 (ブケイソウヨウ)
    中国、北宋代の兵書。仁宗の命で曾公亮・丁度らが編纂。本書の終わりに、紹定4年濠州学校教授趙体、万暦27年鄭魏挺の跋があり、南宋の紹定4年刊本に基づいた正統4年刊本の重刻本であることがわかる。
  10. 武経標題正義 7巻、坿武経節要1巻 (ブケイヒョウダイセイギ)
    武経七書に節をきって標題をつけ註解をほどこしたもの。最初の序および末尾の蓮牌木記の文字を削除しているが、公文書館、東北大で所蔵の本は、万暦16年序とある。
  11. 施氏七書講義 (セシシチショコウギ) 42巻
    武経七書(孫子・呉子・司馬法・三略・六韜・尉繚子・李衛公問対)の注釈書。本書は足利学校所蔵の九華自筆本と、内容体裁、冊数、欄外の書入れが一致しており、足利本の写本と考えられている。
  12. 七書直解 (シチショチョクカイ) 25巻
    兵学初心者のため武経七書(孫子・呉子・司馬法・尉繚子・李衛公問対・三略・六韜)に注釈をほどこしたもの。
  13. 軍林兵人宝鑑 (グンリンヘイジンホウカン) 2巻
    兵書。内閣文庫(公文書館蔵)には室町期の写本がある。
  14. 図像水黄牛経合併大全 (ズゾウスイキギュウケイガッペイタイゼン) 2巻
    牛の良悪の鑑別法と疾病の治療法とを記し図解をほどこしたもの。元々は、『元亨療馬集』(6巻)の付本か。本書は単独で入り、万暦元年(1573)の刊本。
  15. 揚子太玄経 10巻、首1巻 (ヨウシタイゲンキョウ)
    『太玄経』は中国・前漢の揚雄が『易経』にまねてつくった占いの書。明の趙如源等が校訂し、天啓6年(1626)に刊行されたもの。
  16. 地理全書 (チリゼンショ)
    地理とは古く中国では墳墓・家宅を営むさい、土地の方位吉凶を相する術であって、これに関する7種の書を集めたもの。各書とも巻によって題目、撰者名がことなっている。
  17. 霊棊経 (レイキキョウ) 1巻
    中国で編集された占いの書籍で、室町時代の写本。12枚の棋を投げ、その出た面による145の組み合わせによって吉凶を判断した。
  18. 続博物志 (ゾクハクブツシ) 10巻
    宋の李石が、晋の張華が著した『博物志』にならって、諸種の異聞を集め、天象、地理等の順に分類配列したもの。本書は弘治18年(1505)の刊本。
  19. 軍政集 (グンセイシュウ)
    天文・地利・人政の3巻構成。武王、大公に問うて曰くで始まる中国の兵法書を写したもの。本書は江戸初期あるいは室町時代に遡ると思われる古写本である。
  20. 文浦玄珠 (ブンポゲンジュ) 6巻
    春秋戦国より宋に至る人々の逸話を集めている。万暦14年(1586)序の刊本。
  21. 列子 (レッシ) 8巻
    中国、古代の書で、別名「冲虚至徳真経」。戦国時代の道家・列子 と弟子が書いたものを、東晋の張湛がまとめたとされる。本書は写本で、多くの注が入る。
  22. 鍥南華真経三註大全 21巻 (ケイナンカシンギョウサンチュウタイゼン)
    『南華真経』は道家の書『荘氏』の別称。本書は万暦21年(1593)に閩書林余良木より刊行されたもの。
  23. 消搖墟 3巻 寂光境 3巻 長生詮 1巻 無生訣 1巻 (ショウヨウキョ ジャクコウキョウ チョウセイセン ムセイケツ)
    消揺墟は道家63人、寂光境は61人の僧の事蹟を記し図像を附す。長生詮は道家と道経、無生訣は仏師と仏経を記す。4書を合刻し『仙仏奇踪』と称す。本書は万暦30年(1602)序の刊本。
  24. 居家必備 (キョカヒツビ) 10巻
    家庭での教育に必備なものとして、家儀・懿訓・治生・奉養・餌養・飲饌・芸学・清課の八門に分け、歴代名賢の書を抄引して解説したもの。

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  1. 許氏説文解字五音韻譜 (キョシセツモンカイジゴオンインプ) 12巻
    宋の太宗の雍熙3年、徐鉉等が詔を奉じて説文に校訂を加えたとき、説文韻譜10巻を作ったが、のち李燾がこれにもとづいて韻によって文字を分類したもの。
  2. 纂図附音集註千字文 (サンズフオンシュウチュウセンジモン) 3巻
    李暹の注が付く「千字文」。鎌倉時代の写本を、近世期に写したものと考えられる。
  3. 広韻 (コウイン) 5巻
    北宋の陳彭年らが敕命によって編纂した韻書で、中古漢語を知るためには不可欠な資料である。本書は元統3年(1335)に中国の日新書堂で刊行されたもの。
  4. 韻鏡 (インキョウ) 1巻
    隋唐時代の漢語の発音を一覧表にしたもので、紹興31年(1161)に張麟之によって初めて刊行された。中国では佚亡したが、日本に伝来し漢字音を知る重要な資料として珍重された。本書は享禄版韻鏡の写本。
  5. 改併五音集韻 (カイヘイゴオンシュウイン) 15巻
    金の韓道昭によって編纂された韻書。序によれば、荊璞編の『五音集韻』(現存せず)を改編したもの。本書は万暦年中の刊本。
  6. 古今韻会挙要 (ココンインカイキョヨウ) 30巻 附1巻
    中国の元代に編纂された韻書の一つ。黄公紹の編纂した「古今韻会」(現存しない)に対し、元の熊忠が作った挙要(ダイジェスト版)である。本書は応永5年(1398)の刊本で、巻末に「応永五歳姑洗日幹縁藤氏権僧都聖寿重刊釈氏 一周」の刊記がある。
  7. 経史正音切韻指南 (ケイシセイオンセツインシナン)
    元の劉鑑によって編纂された韻書。本書は、巻首に正徳8年の知湖広京山県事夏玄の跋があり。
  8. 翰林詳校字義韻律鰲頭海篇心鏡 (カンリンショウコウジギインリツゴウトウカイヘンシンキョウ) 20巻
    中国の明代、万暦年中に刊行された字書の一つ。この頃、「海篇」という名称の付く字書が多種刊行された。
  9. 錦繍万花谷 前集40巻、後集40巻 (キンシュウバンカコク)
    『錦繍万花谷』は、南宋の淳熙15年(1188)頃に編された類書。本書は嘉靖14年(1535)序の刊本。
  10. 新編古今事文類聚 前集60巻、後集50巻、續集28巻、別集32巻、附新集36巻、外集15巻 (シンペンココンジブンルイジュウ)
    古今の書から諸般の事項を抜粋分類し、その根拠を示した分類百科辞典ともいうべきもの。元明時代にかけて流布し、このほかに元の祝淵の遺集15巻を加える。
  11. 新編古今事文類聚 (シンペンココンジブンルイジュウ) 221巻
    古今の書から諸般の事項を抜粋分類し、その根拠を示した分類百科辞典ともいうべきもの。本書は朝鮮刊本で、「宣賜之記」の印を捺すが内賜記は無し。
  12. 万宝詩山 (マンポウシザン) 38巻
    宋の葉景達が編じた作詩者のための類書。本書は宣徳4年(1429)に書林葉氏広勤堂より刊行されたもの。
  13. 群書類要事林広記 (グンショルイヨウジリンコウキ) 12巻
    南宋の陳元靚(ちんげんせい)が著した、古今の書より各種の事項を抜粋分類した民間類書。本書は弘治5年(1492)の刊本。前、後、続、別、新、外集よりなり、外集下は補抄(写本)。
  14. 新編事文類聚翰墨全書 甲集12巻乙集9巻丙丁戊集各5巻己集7巻庚集24巻辛集10巻壬集12巻癸集11巻后甲集8巻后乙集3巻后丙集6巻后丁集8巻后戊集9巻 (シンペンジブンルイジュウカンボクゼンショ)
    祝穆の『事文類聚』にならって編纂された、詩文作成のための典故集。本書は正統元年(1436)の刊本だが、別本(米沢善本62)の混入も指摘される。
  15. 新編事文類聚翰墨全書 甲集10巻乙集12巻丙集19巻丁集9巻戊集10巻己集11巻庚集10巻辛集24巻壬集11巻癸集17巻 (シンペンジブンルイジュウカンボクゼンショ)
    祝穆の『事文類聚』にならって編纂された、詩文作成のための典故集。本書は泰定元年(1324)の刊本とされる。
  16. 韻府群玉 (インプグンギョク) 20巻
    詩作者用に編纂された韻書であり、その韻のもとに語彙の典拠となる文献を配した類書も兼ね備える。本書は元統2年(1334)の刊本である。
  17. 彊識略 (キョウシリャク) 40巻
    初学者の平生心得おくべき常識備忘の書。天文・地理・帝王・礼儀・音楽など40類に分け、諸書より抜粋編纂したもの。本書は万暦17年(1589)の刊本。
  18. 三才図会 (サンサイズエ) 106巻
    中国の明代に、王圻(おうき)が編纂した類書で、図解の百科事典。万暦35年(1607)の序をもつ。
  19. 事言要玄集 (ジゲンヨウゲンシュウ) 32巻
    諸書を抜粋し、内容により天集3巻、地集8巻、人集14巻、事集4巻、物集3巻の5部に類纂したもの。本書は万暦46年(1648)序の刊本であるが、補抄(写)の部分あり。
  20. 士民備覽万珠聚嚢不求人 (シミンビランマンジュシュウジョウフキュウジン)
    小型の家庭用百科辞典ともいうべきもので、天文・地輿・人紀・官品・諸夷等の26門に分かれている。「万暦皇帝万々歳」の記載から、万暦年中の刊行と思われる。
  21. 雅音会編 (ガオンカイヘン) 12巻
    唐詩の中から絶句・排律・律詩の名品3800余を選出し、韻別に分類したもの。作詩の参考書。
  22. 御定奎章全韻  (ギョテイケイショウゼンイン) 2巻
    正祖が奎章閣の諸臣に命じて編纂せしめた韻書で、四声によって分類する。原書は1800年に出来き内閣で印行されたが、本館蔵本は末尾に「辛亥孟春由泉堂刊」の刊記の示す通り、市井の版本である。
  23. 篆海心鏡 (テンカイシンキョウ) 5巻
    篆書の字典で、文字を四声に分類排列し、字ごとに楷体の下に玉筋体の篆書と、その変法とを並べる。本書は、粛宗元年に、咸鏡道観察使であった爾徴の子呂雲浦が刊行したもの。
  24. 管蠡抄 (カンレイショウ) 10巻
    日本で作成された類書で、1巻では君体・明君・明賞罰・知人・任賢等の11項目に分け、中国の古書より名句・故事等を抄録している。
  25. 韻書(袖珍) (インショ (シュウチン))
    韻の順序に、その字を用いた詩文を諸書より採集列記し、作詩者の便に供した一種の韻書。前田慶次の書籍と伝えられるが、室町時代五山関係の僧侶と撰と考えられる。
  26. 倭名類聚抄 (ワミョウルイジュショウ) 20巻
    平安時代中期、源順が編集した漢和辞典。本書は元和3年に那波道円が刊行した古活字印本。禅林寺の九山和尚旧蔵本。
  27. 以呂波声母伝 (イロハセイボデン)
    いろは47字が声音の根源なることを論じたもので、47字の意味を述べた『以呂波訓義』と対をなす。本書は寛政6年(1794)中村和彦による写本。
  28. 和玉篇 (ワゴクヘン) 2巻
    「わぎょくへん」とも読む。室町時代に作成された漢和辞書で、部首ごとに配列され、漢字の音と和訓が記される。本書は室町末期から江戸初期の写本で、音を右傍、訓を下に片仮名で並記する。

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  1. 沙石集 (シャセキシュウ)
    鎌倉中期に書かれた仏教説話集で、「ねずみの嫁とり」などの有名な説話も含まれ、後世の狂言や落語に影響をあたえた。本書は記述量の多い広本系の室町後期の写本で、古い形態を残す善本として底本・比較本によく利用される。
  2. 応仁記 (オウニンキ) 2巻
    応仁の乱を描いた軍記物語。本書は寛永10年(1633)の刊本で、元和寛永中活字印本に基づき、訓点を附して覆刻したものと思われる。
  3. 源氏物語 (ゲンジモノガタリ) 54巻
    本書は源氏物語54帖の江戸時代初期の写本。青表紙本系統に属する、比較的誤脱の少ない善本である。
  4. 源平盛衰記 (ゲンペイセイスイキ) 48巻
    源氏・平家の盛衰興亡を詳しく叙述する軍記物語。平家物語の異本の一つとみられる。本書は慶長期の古活字本で、刷や保存状態の良い善本である。表紙は押八双が確認され原装であるが、題簽は後補と思われる。
  5. 承久記 (ジョウキュウキ) 2巻
    承久3年(1221)の後鳥羽上皇の挙兵から始まる承久の乱を記した軍記物。本書は寛永年中の刊本で、慶長活字版による製版本とされる。
  6. 太平記 (タイヘイキ)
    『太平記』は南北朝動乱期の歴史を描いた軍記物語。本書は室町末期頃の写本で、巻目次は流布本と異なり、かつ巻22を欠く。他の時代の古い写本は巻22を欠き、本書も旧体を残す古写本である。
  7. 太平記 (タイヘイキ)
    『太平記』は南北朝動乱期の歴史を描いた軍記物語。本書は慶長元和中活字印本。
  8. 火おけのそうし (ヒオケノソウシ)
    奈良絵本と呼ばれる、金銀泥や朱・緑など鮮やかな色彩で描かれた挿絵が入る短編物語。お伽草子の一つで、夫が大事にしていた火桶を妻が嫉妬して割り口論となるが、儒教・仏教・和歌などを引用した問答の末、最後に仲直りをする教訓的・啓蒙的な物語。
  9. ふんしやう (ブンショウ) 3巻
    室町時代の御伽草子「文正草子」。「塩焼き文正」とも。鹿島大明神の宮司の下男であった文正が、塩売りをして長者になり、娘は彩色兼備に育ち中宮となり、自分も大納言まで昇る庶民の出世物語。江戸前期の奈良絵本で美しい挿絵が描かれる。
  10. 平家物語 (ヘイケモノガタリ)
    『平家物語』は、平家の栄華と没落を描いた軍記物語。本書は寛永中活字印本。
  11. 平家物語 (ヘイケモノガタリ) 12巻
    『平家物語』の室町後期の写本。「剣」「鏡」「宗論」の各巻を設け、「灌頂」は巻なく、第12巻に「義経最後巻」を置く。
  12. 平家物語 (ヘイケモノガタリ) 12巻
    米沢本と称される室町時代の写本。漢字平仮名交じりの8行で書かれる。平家物語の語り(平曲)が最も盛んな時代の姿を残す写本として、冨倉徳次郎著『平家物語全注釈』の底本に利用されている。
  13. 平治物語 (ヘイジ゛モノガタリ) 3巻
    平治の乱(1156)の顛末を描いた軍記物語。本書は寛永元年の京都権十郎刊本。
  14. 保元物語 (ホウゲンモノガタリ) 3巻
    保元の乱(1156)の顛末を描いた軍記物語。本書は寛永年中の刊本。
  15. 物語(伊勢物語) (モノガタリ)
    伊勢物語の写本で、室町後期か近世前期の写しか。表紙には元禄以前の写と記される。
  16. 管窺武鑑 (カンキブカン)
    上杉関連の軍記物。最初に父・定吉が仕えた上杉謙信・景勝の事を記し「上杉記」とも称される。次に夏目家と縁のある景勝家臣の藤田能登守信吉、定房が仕えた永井家について記し、夏目家についても記す。
  17. 楠正成一巻抄 (クスノキマサシゲイッカンショウ)
    楠木正成の桜井の別れや遺書が記される。本書は刊記・序文がないが、版面は承応3年序の「楠正成一巻書」と同じで、刷や欠損を比較すると、一巻書は一巻抄の修正版と指摘されている。本書は唯一の一巻抄の刊本である。
  18. 甲陽軍鑑 (コウヨウグンカン)
    江戸初期に集成された軍学書。甲斐の国の戦国大名である武田氏の戦略・戦術が記され、上杉謙信との川中島での合戦の記述も見られる。武田家の家臣・高坂弾正昌信の口述をもとに、小幡景憲が集大成したといわれる。20巻59品。
  19. 春日山日記 (カスガヤマニッキ)
    別名「上杉軍記」。謙信の出生から死までを中心に、父・長尾為景、甥の景勝、養子の北条氏秀(景虎)らの事蹟を記す。春日山は上杉謙信の居城。
  20. 越境記 (エッキョウキ)
    「景勝公越後記」とも称される、上杉景勝を主とした軍記物。謙信の死去から始まり、御館の乱、新発田との戦い、上洛の事、会津国替、朝鮮出兵、最上義光との合戦などが記される。冒頭に旧所蔵者である今井清見(郷土史家)の解題が綴られる。
  21. 慶長鎮東軍鑑 (ケイチョウチントウグンカン)
    直江兼続を中心とした近世軍記物。作者は不明。兼続の家系と生い立ち、上杉景勝に仕え、豊臣秀吉との交渉や徳川家康との対立を経て、米沢に移るまでの出来事を記す。

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  1. 旧府学 興譲館規 (キュウフガク コウジョウカンキ)
    藩校興譲館に関する、「興譲館戒令」「同当直勤方」「同備火戒約」「紀先生御答書」「学要弁」の5資料を筆写する。「学要弁」は文化10年(1813)莅戸政以の撰。
  2. 釈菜行事 (セキサイギョウジ)
    安永6年に藩校興譲館の聖堂(孔子廟)で行われた釈菜行事について、その詳細を記録したもの。行事を指揮する祭酒は儒者・片山元傐(提学)が勤め、都講の千坂清高と片山一興が記録した。
  3. 嚶鳴館遺草 (オウメイカンイソウ)
    細井平洲の和文の遺稿集。門人の西条藩士上田雄次郎がまとめ、平洲没後33年の天保6年(1835)に刊行された。漢詩文をまとめた「嚶鳴館遺稿」は文化6年に刊行されている。
  4. 太室先生答問 (タイシツセンセイトウモン)
    丸山が太室の門弟として学んでいた時、儒学に関して質問し、太室が回答したことを纏めたものに、莅戸・大石(共に米沢藩士)への手紙の回答を加えたもの。
  5. 孝経 (コウキョウ)
    米沢藩の医学校・好生堂で刊行した孝経。享保17年の太宰純の重刻古文孝経序を巻頭に載せ、本文の上には太宰の註を記す。
  6. 聖堂告文集 (セイドウコクブンシュウ)
    米沢藩の聖堂へ奉じた献章・告文・祝文を留めた文集で、作者(筮者)は片山元傐。宝永6年(1709)から正徳3年(1713)迄を収める。
  7. 経伝通義 (ケイデンツウギ)
    1巻は易経・尚書・詩経・孫子、2巻は大学・孝経・中庸・論語・孟子、3巻は劉向新序・墨子で、12巻は左伝。各中国典籍より抜粋する。
  8. 鷹山公学校設立御趣意書 (ヨウザンコウガッコウセツリツゴシュイショ)
    「総評」と称される鷹山の興譲館設立の趣意書。安永5年(1776)に興譲館が開校するが、役人の計画案に対し、鷹山が所信を記した書状。

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  1. うたひの本 (ウタイノホン)
    謡曲本。①に「楊貴妃」、②に「野宮」、③に「養老」、④に「羽衣」の紙片。直江公使用本の貼り紙有り。
  2. 米陽八景 (ベイヨウハッケイ)
    江戸在番の藩士が、米沢の八景として、白子晩鐘・落合落雁・成島夕照・船坂帰樵・遠山暮雪・堂森秋月・舘山秋嵐・宮井夜雨の絵を送ってもらい、漢詩と和歌を添え一巻としたもの。

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  1. 鶴林玉露 (カクリンギョクロ) 16巻
    南宋の羅大経(らたいけい)が著した随筆集。詩や文学の批評を中心に逸話・見聞を収録。本書は、万暦12年(1584)の刊本。
  2. 余冬序録 (ヨトウジョロク) 65巻
    諸書より、名人の言行・故事を抜粋、また自己の見聞等を備忘のため記したもの。とくに明代の典故、官制、風俗等の研究に有用である。本書は嘉靖7年(1528)の刊本。
  3. 琅邪代醉編 (ロウヤダイスイヘン) 40巻
    明の張鼎思が、給事中より滁州駅丞に貶謫されたとき、憂悶を晴らすため、諸事の記事を抜粋して分類編次したもの。本書は万暦25年(1597)序の刊本。
  4. 増広古註蒙求 (ゾウコウコチュウモウギュウ) 3巻
    蒙求(中国の唐時代に、人物の伝記や説話をまとめた児童用教科書)の注釈本。本書は近世の転鈔本で、楊守敬の『日本訪書志』巻11には、徐状元補注本より後出で、旧注本に基づき節略したものと紹介される。
  5. 好古堂隨筆 いろは (コウコドウズイヒツ イロハ)
    莅戸の随筆集の一つ。空海のいろは47字について、その出所を糺し、仮名の訓釈も施す。また、付録として宇都宮遯庵の以呂波の伝などを付す。
  6. 好古堂随筆 こふなもの (コウコドウズイヒツ コウナモノ)
    莅戸の随筆集の一つ。莅戸が戯れに、友との問答になぞらえ、理屈をもって天地間の森羅万象を推論したもの。版心に好古堂と印刷した用箋に写す。
  7. 好古堂随筆 筆の友 (コウコドウズイヒツ フデノトモ)
    莅戸の随筆集の一つ。問ふ人の跡たへて、雪ふる庵のつれづれに、思いよるいたずらごとを、書き集めたもの。版心に好古堂と印刷した用箋に写す。
  8. 良将達徳鈔 10巻 補遺序目各1巻 (リョウショウタットクショウ)
    室町末期から徳川初期の、明辟・良弼・梟将・謀臣・義士・勇夫の格言・言行を摘出評論する。本書は、従来は著者手稿本と言われてきたが、誤謬も見られ、写本であろう。
  9. 良将達徳鈔 二集 (リョウショウタットクショウ)
    室町末期から徳川初期の、明辟・良弼・梟将・謀臣・義士・勇夫の格言・言行を摘出評論する。本書は、従来は著者手稿本と言われてきたが、誤謬も見られ、写本であろう。
  10. 世の手本 (ヨノテホン)
    前田家・島津家・細川家などの大大名や小大名の行っている善政・善風儀を、世の手本として紹介している。
  11. 不亡鈔 (フボウショウ) 4巻
    室鳩巣の作とされる随想録。学問・礼楽・師範・朋友故人・孝養・育子・主君・農工商・税法・禁制・賞罰・奉行・葬喪・追腹などについての教訓を通俗的に述べる。
  12. 古今著聞集 (ココンチョモンジュウ) 20巻
    鎌倉時代の説話集。建長6年(1254)に成立し、その後増補された。本書は暦応2年(1339)「老桑門 在判」の奥書のある伝本を祖本としており、本文の漢字には平仮名による振仮名がある。
  13. 松蔭日記 (マツカゲニッキ) 4巻
    別名「武蔵野記」。夫である柳沢吉保の、貞享2年頃より宝永6年に亘る25年間の半生を描いた日記文学。
  14. 風呂屋の沙汰 (フロヤノサタ)
    「米沢産物の覚」「貝おほひの事」「薫物の方」「見聞雑誌抜書」など、諸雑事について覚書として記録したもの。
  15. 笹野観音通夜物語 (ササノカンノンツヤモノガタリ)
    米沢藩の藩政を批判した資料。三手組の陰士、町人、扶持方の隠居、もと富豪の老人の四人の話を載せ、おもに農民の立場から鋭く藩政を批判している。
  16. せなかあぶり (セナカアブリ)
    「背暴」とも記す。蓄粟・米価・水碓・日市・奢侈・武備・産物・養蚕の8項目について現状と意見を記載する。米沢藩政の記録。
  17. こしかた物語 (コシカタモノガタリ)
    著者78歳の時、これまで見聞してきた種々雑多の話を纏めたもの。仏教説話から、人物伝、当地の云癖、怪談・伝説の類、歴代藩主の事、健康・病気に関する事など、81項目を収める。
  18. 親子咄 (オヤコバナシ)
    町方の商人が記した見聞雑記で、渡部家先祖の話や、米沢城下の大商人の経歴、孝子伝から火の用心の教訓に至るまで71項目を収める。
  19. 井蛙鄙談 (セイアヒダン)
    米沢の剣術家や、米沢城下や郊外での珍事・実話など各種の話題を収録する。巻1・2は剣術家の話、巻3には仇討や幽霊の話、巻4・5には大蛇や髑髏、猫明神など様々な話が記される。
  20. 花かつみ (ハナカツミ)
    上杉家および米沢藩を中心に、戦国武将の逸話、武家の礼儀や故実、武士の逸話等を集めた雑記随筆。『米沢市史』(S19年版)には、内村蘭皐(藤親)の著作として他に「寝覚の露」「軒端の凩」の書名が載る。
  21. 猪苗代町古来屋鋪並并見聞雑記 (イナワシロマチコライヤシキナミナラビニケンブンザッキ)
    最初に猪苗代町の屋敷割とその変遷が記され、次に「見聞雑記」が続く。下級藩士であった吉田綱富が見聞した様々なことを振り返って纏めたもの。武士の生活を知る上で貴重な資料となっている。
  22. 米沢雑事記 (ヨネザワザツジキ)
    慶長の昔から寛保の頃までの、国内および米沢藩領内の事件・雑話を収録したもの。近房84歳の著作。武士の生活や米沢の風習を知る上で貴重な資料。

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  1. 旅のすさび (タビノスサビ) 2巻
    別名「駿河紀行」。飯田は享和元年に米沢新田藩主・上杉勝定(駿河守)に上京、さらに駿府加番を命じられた勝定に従い駿河に赴く。その上京の紀行文。
  2. 前田慶次道中日記 (マエダケイジドウチュウニッキ)
    前田慶次が慶長6年10月24日に京都伏見を出発し、11月29日に米沢に着くまでの26日間の旅日記。道中の名所・歌枕では和歌や漢詩を詠むなど、古典に精通し和歌・俳句を嗜む慶次の文人ぶりがうかがえる。また、その土地の俗諺や風習も描写しており、歴史民俗資料としても貴重である。
  3. 松島日記 (マツシマニッキ)
    矢尾板梅雪が文政7年に松島・金華山まで旅した際の紀行文。4月8日に米沢を出発、17日に松島を見学した後、20日には金華山を参詣し、帰路は山寺をまわり28日に米沢に到着している。北村孫四郎の序、泉崎真畔の後跋。
  4. 北越行日記 (ホクエツコウニッキ)
    外題は「小千谷行日記」。荒砥の商人・大貫衛足(俳号は遅日庵)が文化元年(1804)に小千谷まで旅をした際の紀行文。5月1日に荒砥を出発、小千谷の俳人・野口夜江を訪問・滞在し、7月5日に帰着している。
  5. 長崎日記 (ナガサキニッキ)
    窪田は、嘉永6年に長崎に来航したロシア使節プチャーチンとの応接役に選ばれた儒学者・古賀謹一郎の門弟。古賀に随行し、長崎までの紀行文(上巻)、長崎での交渉の様子(中巻)、長崎から米沢までの紀行文(下巻)を収める。
  6. 遊囊叙録 (ユウノウジョロク)
    享和2年(1802)、倉成が日光や松島を遊覧した後、米沢藩を訪ね鷹山と会した東北旅行の紀行文。漢文で記される。赤湯温泉に7泊し、米沢には19日間滞在、鷹山を始め神保蘭室や竹俣厚綱など米沢藩士・儒者と交流した。
  7. 飯豊の山ぶみ (イイデノヤマブミ)
    天保9年(1838)、泉崎が友人の佐藤秀臣と氏家高庸と連れ立ち、飯豊山に登山したときの紀行文。途中の道程や登山道が詳しく記されるほか、著者が詠んだ和歌や漢詩が織り込まれる。挿絵は米沢文晁とも称された雪斎(佐藤秀臣)による。
  8. 蝦夷恵曽谷日誌 (エゾエソヤニッシ)
    米沢藩が支配を命じられた北海道の磯谷郡(現・寿都町)へ、米沢藩士7名が調査へ行った際の日記。明治2年10月から翌3年3月まで記す。北海道の風景や風俗を文章で表すとともに、絵師である筆者が描いた挿絵が入る。

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  1. 伊呂波名所連歌附合 (イロハメイショレンガツケアイ)
    連歌に伝える地名750種を「いろは」順に挙げ、更にそれらの付合を類集する。諸家の読例をも掲載。本書は江戸中期の写本。
  2. 奥道中歌 (オクドウチュウウタ)
    仙台国分町から松前までの奥州道中の名所を、絵と歌に織込む。本書は、文政2年仙台伊勢屋半右衛門の刊本。
  3. 隨葉集 (ズイヨウシュウ) 10巻
    発句の用語を類聚したもので、多くの用例を挙示する。本書は寛永14年西村文左衛門の刊本。
  4. 独吟千句 (ドクギンセンク)
    猪苗代兼載の連歌千句。部立は何路第一・何本第二・山何第三・何人第四・薄何第五・何船第六・朝何第七・初何第八・何田第九・二字反音第十と賦す。
  5. 独吟千句 (ドクギンセンク)
    紹巴が称名院右府入道の追善のため、永禄6年12月14日から18日に詠んだ独吟の連歌千句。
  6. 百人一首抄 (ヒャクニンイッシュショウ)
    米沢本と称される百人一首の注釈書。著名な「応永抄」や「宗祇抄」と内容が異なり、冷泉系の注釈書の可能性が指摘されている(井上宗雄「『百人一首抄』の序文について-実暁記本と米沢本と-」)。
  7. 百人一首抄 (ヒャクニンイッシュショウ) 3巻
    百人一首の抄本の一つ。奥書によると、慶長元年の大晦日に丹山隠士(細川幽斎)が、師・宗祇の「百人一首抄」をもとにして取捨を加えたものであることが知られる。
  8. 昼の錦 (ヒルノニシキ)
    蕉門十哲の一人である其角が、俳諧の心得25ヶ條を解説したもの。元禄17年(1704)2月13日の自序がある。本書は江戸後期の写本。
  9. 奉詠獨千首和歌 (ホウエイドクセンシュワカ)
    高津が上杉勝延(綱憲3男)の依頼を受け、和歌千首を吟じ、延享4年に「奉納千首題和歌」「神前詠奉百首和歌」の2部と共に白子神社に奉納したもの。  
  10. 無言抄 (ムゴンショウ) 3巻
    発句の諸法、付合、名寄などを記したもので、里村紹巴の校閲を経ている。本書は元和9年(1623)の刊本。
  11. 象潟行 (キサカタコウ)
    米沢俳人の里杏と松和(立町の商人・広瀬市左衛門)が、芭蕉の足跡をたどり、尾花沢・吹浦・羽黒山・鶴岡・大山・村上を巡り、当地の俳人達と詠んだ俳句を載せる。また、米沢近辺の俳人の句も載せる。
  12. 桜谷百首 (サクラダニヒャクシュ)
    米沢城の西にある古志田に山桜の名所があり桜谷と呼ばれる。歌人として知られる泉崎は、仲間と桜谷で花見を楽しみ、その思いを詠んだ和歌百首を一巻に纏めたもの。親友の画家・中西南喬が描いた彩色の挿絵も見事である。
  13. てには秘伝 (テニハヒデン)
    米沢藩士で歌人の関口満雅(号・東嶺)が、宝暦3年に江戸桜田邸で書写した和歌の秘伝書。
  14. 俳諧雑抄 (ハイカイザッショウ)
    正月から十二月まで1日1句を詠んだ俳諧連歌。山条西実隆の作で、天正10年の写と記されるが、紙質などから江戸時代の再写と思われる。
  15. 霊前勧進詩歌 (レイゼンカンジンシイカ)
    佐藤家で祀る北野天満(菅原道真)に奉納した詩歌集で、米沢藩領内の武士・町人・農民135人から、俳句・和歌・漢詩207点寄せられ、一巻に仕立てられる。宝暦期頃の米沢の文芸を知る上で貴重な資料。
  16. 新千載和歌集 (シンセンザイワカシュウ)
    室町前期の勅撰和歌集。後光厳天皇の命で藤原為定が撰した。幕末期、飛鳥井家と上杉家は縁戚関係があり、その縁で米沢藩の京都留守居役を勤めた堀尾保助に伝来したものか。
  17. 後撰和歌集 (ゴセンワカシュウ)
    村上天皇の命によって編纂された二番目の勅撰和歌集。堀尾家文書14の「新千載和歌集」と同様、上杉家と姻戚関係のあった公家・飛鳥井家より、米沢藩京都留守居役を勤めた堀尾保助(重興)に贈られたものと推察される。
  18. 松之蹟 (マツノアト)
    米沢城下大町の女流俳人・舟山雨翠の三回忌に際し追善のため編集された俳句集。全国各地の75名の俳人が名を連ねる。編集は安永7年であるが、本書は二十七回忌にあたる享和3年に付録を追加して刊行したものと思われる。
  19. ひとつ松 (ヒトツマツ)
    米沢藩領・成田村の富農・佐々木宇考が逆修(生きているうちに自分の仏事を行うこと)を追善して作った句集。米沢藩の儒者・神保蘭室が序を贈るほか、米沢連などの追悼俳句が収められる。
  20. 伊勢みやげ (イセミヤゲ)
    巣阜坊が伊勢参宮を行った際、見送りの際に俳友が贈った俳句や、旅先で俳人から贈られた俳句をまとめ刊行した俳諧書。見送りの句には、紅二・唇秋・東夕といった米沢俳人の名が見られる。

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  1. 空華文集 (クウゲモンジュウ) 20巻
    臨済宗の僧・義堂周信の詩文集。応永元年(1349)に五山版として開板され、更に元禄9年(1696)に即川の校訂をへて再刊された。本書は元禄版を写したものと考えられる。
  2. 読耕林先生文集 20巻 詩集20巻 外集20巻 (トクコウハヤシセンセイブンシュウ)
    林読耕斎の全集で、首には「読耕林先生全集」と題する。本文前に兄恕撰の読耕林子年譜がある。本書は寛文9年(1669)序の刊本。
  3. 国学槐詩集 (コクガクカイシシユ)
    琉球(沖縄)の漢詩集。向如霖、鄭元偉(書家として著名)、蔡呈祚、翁永保、向長庚、顧余禧、駱紹業、向士元、駱維瑚などの詩が収められる。
  4. 経伝序集 (ケイデンジョシュウ)
    『要務彙編』(琉球の蔡温が尚敬王の教育のためまとめた書)や、中国の『四書彙解』『詩経衍義』などの諸書より、その序文のみを筆写したもの。
  5. 狂雲集 (キョウウンシュウ) 2巻
    一休宗純の頌・偈・賛等を集めたもの。本書は寛永19年(1642)に河南四郎右衛門より刊行されたもので、現在知られる狂雲集最古の印本である。
  6. 愛日吟社稿 (アイジツギンシャコウ)
    米沢藩と上山藩での門生が編集・刊行した服部の漢詩遺稿集。「愛日」は服部の講書堂名。神保蘭室の序文、武田(鳥海山人)の跋あり。
  7. 宜雨堂集 (ギウドウシュウ) 2巻
    米沢藩儒者・神保綱忠(号は蘭室)の漢詩集。版木を彫ったのは米沢大町の彫師・舟山善四郎で米沢で出版したもの。
  8. 蠖堂詩鈔 (カクドウシショウ)
    山田蠖堂の漢詩集。慶応3年刊行の『蠖堂遺稿』(AB285001)とは、収録順が異なる。万延元年、平田忠安の写。
  9. 宜雨堂集 上 (ギウドウシュウ)
    蘭室の漢詩集。宜雨堂の用箋に記す。蘭室の自筆稿本か。朱は樺島石梁(久留米藩儒学者)によるものか。文政5年に米沢で刊行される。
  10. 拙谷矢先生詩集 (セッコクヤセンセイシシュウ)
    矢尾板三印の漢詩集。延宝8年(1680)元旦から貞享元年(1684)までの漢詩を収める。
  11. 太室集 (タイシツシュウ)
    太室の詩文集。①は1・2巻、②は3・4巻、③は7・8巻、④は11・12巻。
  12. 御詩和韻集 (ギョシワインシュウ)
    中国皇帝が読んだ詩と、その詩に対して琉球の進貢使(中国に貢物を持って行く使者)が和韻した詩を集めたもの。
  13. 御製併和詩 (ギョセイナラビニワシ)
    琉球の漢詩集。蔡徳懋(蔡大鼎の父)が写し、蔡大鼎が譲り受けたものか。
  14. 竜渚先生遺稿 (リュウチョセンセイイコウ) 9巻
    中津藩(大分県)の儒学者・倉成善司(号は竜渚)の漢詩集。竜渚は鷹山の師・細井平洲を介して米沢藩との交流があり、享和2年(1802)に米沢を訪問している。
  15. 嚶鳴館遺稿 (オウメイカンイコウ)
    上杉鷹山が主導して出版した細井平洲の遺稿集で、鷹山が序文を書いている。本書は鷹山の蔵書・上杉鷹山公御手沢本で、鷹山の手沢(手垢)が見える。なお、版木は米沢市上杉博物館で所蔵。
  16. 古序翼 (コジョヨク)
    亀井昭陽が記した漢学の書籍。各巻の巻末に松木彦左衛門・飯田順助・綱島宗弥・山崎良助・富井又吉・大石源蔵の名がみられる。藩士が分担して筆写したものと思われる。
  17. 三之逕 (サンノミチ)
    鷹山の師であった滝鶴台の記した教訓書。『国書総目録』では宝暦6年の版本があり、その写本か。
  18. 自怡録 (ジイロク)
    米沢藩の漢学者である松木魯堂(秀実)が記した漢学書。
  19. 大湫先生集 (タイシュウセンセイシュウ)
    鷹山の師・南宮大湫の著作集。鷹山公御手沢本には、細井平洲、滝鶴台、南宮秋湫といった師範の著作集が数多く入っている。
  20. 東冥先生詩則抜粋 (トウメイセンセイシソクバッスイ)
    林東冥の著した「詩則」を抜粋して写したもの。巻末には大正5年に伊佐早憲が記した識語があり、鷹山が勉学のため自ら写したもととし、鷹山の勤勉さを讃えている。
  21. 菁莪館遺稿 (セイガカンイコウ)
    藁科松白の漢詩遺稿集。菁莪館は松伯の家塾名。松伯の子・子鱗の編。細井平洲と(明和8年)と神保蘭室(寛政2年)の自筆序文を添える。
  22. 太室詩集 (タイシツシシュウ)
    上杉鷹山の師を勤めた渋井太室の漢詩集。巻1から巻6までを3冊に写す。
  23. 興譲館詩集 (コウジョウカンシシュウ)
    藩校興譲館の先生・生徒が作り合った漢詩を記したものか。上巻には香坂昌純以下27名の漢詩、下巻には髙橋亨等23名(上巻と7名重複)の漢詩が収録される。
  24. 鶴城四時歌 (カクジョウシジカ)
    米沢藩儒医であった藁科立沢が、米沢の人物が詠んだ漢詩を春・夏・秋・冬ごと16首づつ選び、計64首を一冊に纏めたもの。序文は鷹山の師である細井平洲が寄せている。編者自筆原本。

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  1. 李太白詩 (リタイハクシ) 25巻
    李白の漢詩集。この本にはほぼ全巻にわたり、黒細筆で極めて目立たぬように、字間にゝ或は小○の句点を施してある。授受の際の便にしたものであろうか。
  2. 集千家註批点杜工部詩集 (シュウセンカチュウヒテントコウブシシュウ) 20巻
    杜甫の漢詩集。本書は杜工部詩集附録として、元稹撰墓誌銘、宋祁撰唐文芸伝、杜工部年譜があり、巻末に「正徳己卯年仲夏月劉氏安正堂□」の木記がある。
  3. 朱文公校昌黎先生集 40巻 外集10巻 遺文1巻 集伝1巻 (シュブンコウコウショウレイセンセイブンシュウ)
    唐の韓愈の詩文集の注釈書で、注者は不詳。本書は朝鮮活字印本。
  4. 白氏文集 (ハクシモンジュウ・ハクシブンシュウ) 71巻
    唐の白居易(白楽天)の詩文集。日本へは平安時代に伝わり、「源氏物語」「枕草子」等にも影響を与える。単に「文集」とも称される。本書は元和4年の那波道円活字印本。
  5. 明本排字増広附音釈文三註 (ミンポンハイジゾウコウフオンシャクブンサンチュウ) 3巻
    胡曽の詩文集『胡曽詠史詩』の註釈書で、宋の胡元質の註。三註とは胡元質注の『胡曽詠史詩』、李邏注の『千字文』、李瀚注の『蒙求』を指す。
  6. 明本排字増広附音釈文三註 (ミンポンハイジゾウコウフオンシャクブンサンチュウ) 3巻
    胡曽の詩文集『胡曽詠史詩』の註釈書で、宋の胡元質の註。3巻末に「古杭勤真繡余氏書堂梓」とあり。
  7. 鐔津文集 (タンシンモンジュウ) 20巻
    北宋代の禅僧・仏日契嵩の詩文集。至元19年(1282)の跋の付く当館で最も古い書籍で、20巻が揃っている「鐔津文集」としては世界最古のものと評されている。
  8. 蘇老泉文集 (ソロウセンブンシュウ) 13巻
    蘇洵(老泉)の詩文集。前に呉興後学淩濛初序、本伝がある。板心に「蘇老泉集」と標し、淩序第1葉板心下方に「鄭聖卿刻」とある。
  9. 東坡全集 (トウバゼンシュウ) 115巻
    北宋の蘇軾(東坡居士)の詩文集。首に宋孝宗賜勅、次に宋史本伝、蘇轍撰墓誌銘、王宗稷撰年譜がある。
  10. 増刊校正王状元集註分類東坡先生詩 (ゾウカンコウセイオウジョウゲンシュウチュウブンルイトウバセンセイシ) 25巻
    蘇軾(東坡居士)の詩の注釈書。宋の王十朋集の注で、多くの宋代の註釈家の説を集め、詩題により分類、排列する。本書は元刊本の匡郭外を切り捨て、和紙に貼って改装し識語を記す。
  11. 増刊校正王状元集註分類東坡先生詩 残7巻 坿紀年録1巻 (ゾウカンコウセイオウジョウゲンシュウチュウブンルイトウバセンセイシ)
    朝鮮活字印本を和紙に貼りつけ、漢文或は細字片仮名交り文で抄を細写した。抄は瑞渓の「脞説」、万里の「天下白」、太岳の「翰苑遺芳」と瑞巌、天隠、蘭坡、河済、月舟等の説である。不全本。
  12. 山谷詩集注 (サンゴクシシュウチュウ) 20巻
    黄庭堅(山谷)の詩文集の注釈書。本書は末に紹定壬辰の跋があり、紹定本によった南北朝時の覆刊本。
  13. 山谷詩集注 (サンゴクシシュウチュウ) 20巻
    黄庭堅(山谷)の詩文集の注釈書。本書は南北朝時代の刊本に拠る写本。眉欄行間に識語が多い。
  14. 山谷内集詩註 20巻 外集詩註17巻 別集詩註2巻 (サンゴクナイシュウシチュウ)
    黄庭堅(山谷)の詩文集の注釈書で、内集詩註、外集詩註、別集詩註よりなる。朝鮮木活字印本で、同版本が内閣文庫や大東急記念文庫にあり。
  15. 亀山先生集 42巻 首1巻 (キザンセンセイシュウ)
    北宋の楊時(亀山先生)の詩文集。本書は万暦19年(1591)の刊本。
  16. 海瓊白先生集 (カイケイハクセンセイシュウ)
    南宋の道士・白玉蟾の詩文集。巻尾に「梅庵漆桶万里渉臘比集三遍于洛于尾于武長亨丁未仲冬十七江戸城梅花無蔵下書之」と識語がある。長亨元年(1487)に万里集九が太田道灌の江戸城で写したとされるが、その転写本と思われる。
  17. 宋学士集 (ソウガクシシュウ) 33巻
    宋濂の詩文集。本書は、嘉靖庚戌(19年)の雷礼序、嘉靖30年(1551)の陳元珂序がある刊本。
  18. 王文恪公全集 36巻 坿鵑音1巻 白杜詩草1巻 (オウブンカクコウゼンシュウ)
    明の王鏊(文恪)の詩文集。前に嘉靖15年(1536)の霍韜序、朱国楨序、董其昌序、名公筆記がある。
  19. 賜閒堂集 (シカンドウシュウ) 40巻
    明の申時行(文定)の詩文集。時行は万暦42年に卒したが、本書は万暦44年の鄒元の標と焦竑の序がある。没後2年の成書となる。
  20. 文選 (モンゼン) 60巻
    文選は周から梁の時代までの優れた詩文を編集したもので、800余の詩文を収録する。本書は直江兼続が慶長12年に京都の要法寺に印刷させた文選で、「直江版文選」として著名である。
  21. 広文選 (コウモンゼン) 60巻
    南朝梁の昭明太子によって編纂された詩文集『文選』の補遺を記したもの。本書は嘉靖12年(1533)序の刊本。
  22. 唐詩品彙 (トウシヒンイ) 90巻
    明代初期の高棅の手による唐詩の選集。作者620人、詩5769首を選録。その後編集された『唐詩選』の種本となる。
  23. 唐詩拾遺 (トウシシュウイ) 10巻
    唐詩の選集『唐詩品彙』の拾遺本。
  24. 魁本大字諸儒箋解古文真宝後集 (カイホンダイジショジュセンカイコブンシンポウコウシュウ) 10巻
    『古文真宝」は漢代から宋代までの古詩や文辞を収めた書物。本書は慶長元和頃の活字印本と推定されている。
  25. 古今振雅雲箋 (ココンシンガウンセン) 10巻
    周より明に至るまでの尺牘の文を諸書より採集分類したもの。本書は封面に古今尺牘振雅雲箋、天禄閣蔵版とある明刊本。
  26. 朱書百選 (シュショヒャクセン) 6巻
    朝鮮の正祖が、朱熹の尺牘(手紙・書翰)71編を選集したもの。本書は正祖18年(1794)の内閣活字印本。
  27. 精選唐宋千家聯珠詩格 (セイセントウソウセンカレンジュシカク) 20巻
    漢詩集。序によると、于済の輯したのは3巻、それを蔡正孫が訂正増補して20巻とし、その子弥高に命じて刊させたという。
  28. 香草斎詩註 (コウソウサイシチュウ)
    黄任の詩文集。沖縄の政治運動家・林世功(字は小叙)の旧蔵書で、表紙貼り紙には、大正13年に伊佐早謙が沖縄で得たと記す。
  29. 鷹山公草行唐詩選御真蹟 (ヨウザンコウソウコウトウシセンゴシンセキ)
    「唐詩選」の五言絶句の写本。巻末には大正5年に伊佐早憲が記した識語があり、鷹山の真蹟と思われると記す。

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  1. 李卓吾先生批評三国志 120回 (リタクゴセンセイヒヒョウサンゴクシ)
    中国の明代に書かれた、後漢末・三国時代を舞台とする通俗歴史小説『三国志演義』。四大奇書の一つ。本書は明刊本で「建陽呉観明刻」とある。
  2. 新刻逸田叟女仙外史 100回 (シンコクイツデンソウジョセンガイシ)
    中国の清代に書かれた歴史小説。本書は封面上欄に「新大奇書」、中央に「女仙外史」、右欄に「古稀逸田呂叟」、左欄に「釣璜軒貯板」とある。
  3. 劍嘯閣批評秘本出像隋史遺文 12巻60回 (ケンショウカクヒヒョウヒホンシュツゾウズイシイブン)
    明末清初に書かれた小説。本書は崇禎6年(1633)序の刊本。
  4. 皋鶴堂批評第一奇書金瓶梅 100回 (コウカクドウヒヒョウダイイチキショキンペイバイ)
    『金瓶梅』は中国・明代の長編小説。好色文学で、四大奇書の一つ。本書は康熙34年(1695)の刊行本。

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  1. 簡礼彙纂 (カンレイイサン)
    朝鮮で刊行された、書儀(儀礼に基づいた公文書や手紙の書式)に関する書。
  2. 進修堂監定時行簡禮彙纂 (シンシュウドウカンテイジコウカンレイイサン)
    朝鮮で刊行された、書儀(儀礼に基づいた公文書や手紙の書式)に関する書。本書は、簡礼彙纂が刊行以来久しく板が破損し、地方制度や官制にも改革があったので、改訂増補を加え重刻したもの。
  3. 慕夏堂文集 1巻 年譜1巻 附録1巻 (ボカドウブンシュウ)
    金忠善の詩文集。本書には、崇禎後4壬寅姜必孝序、壬寅朴光錫跋があり、憲宗8年(1842)の刊本である。
  4. 濯纓集 (タクエイシュウ) 2巻
    賦、雑著、詩等を収める。蓬左文庫(名古屋市)に同版本あり。
  5. 徳隠遺稿 (トクインイコウ) 3巻
    朴雲寿(徳隠)の遺稿集。巻1は詩、巻2は書・序・記・祭文・告文・祈雨文・行録を収め、巻3は附録。本書は高宗31年(1894)の刊本。
  6. 儷語編類 (レイゴヘンルイ) 20巻
    朝鮮の趙仁奎が、諸家の46文を抜粋し、詔・勅・表等の文体により21類に分け編纂したもの。本書は嘉靖12年(1542)序の朝鮮金属活字印本。
  7. 太学恩杯詩集 5巻 首1巻 (ダイガクオンハイシシュウ)
    正祖22年12月に正祖が太学に臨席、『詩経』の「我有嘉賓」の句を刻んだ銀杯を贈った。それに謝して太学生が奉上した詩文を編集・刊行したもの。表紙裏に正祖23年の内賜記がある。

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  1. 古文孝経 (コブンコウキョウ)
    古文孝経の写本。奥書によると、慶長3年の清原賢好自筆本を、万治3年に清原栄相が筆写、さらに寛文4年に書写したも。清家の読法を伝える点で貴重。
  2. 論語抄 (ロンゴショウ) 10巻
    「論語聴塵」のことで、清原宣賢が家伝の学説に自己の発明した見解を加味した講義録。
  3. 四書匯編 (シショカイヘン) 35巻
    凡例によると、四書に関する従来の注釈が余りに引用が多いのを不便とし、旧説を集めて整理したものであるという。巻首の序は、魯庵の子・曽根俊虎の請を受け、明治12年に欽差大臣全権大使として日本に派遣された何如璋による。
  4. 史記桃源抄 (シキトウゲンショウ)
    京都五山の僧・桃源瑞仙が、門弟らに「史記」を講説した口語仮名抄。史記の解釈のみならず、当時の口語資料としても注目される。本書は、解題では東洋文庫所蔵本(「米沢蔵書」印・20冊・永禄7年の奥書)とセットであったとするが、書形(27.5×20.9)が異なり検討を要する。
  5. 史記幻雲抄 (シキゲンウンショウ)
    史記の章句ならびに音義に関する旧説を漢文体にて引用し、時には「幻謂」或は「幻按」として自説をもって批判したもの。なお、米沢では誤って史記桃源抄として認識され、題簽は「史記桃原抄」である。昭和33年の調査で、幻雲抄に区別された。
  6. 大明律解 (ダイミンリツカイ) 37巻
    荻生徂徠撰の『明律国字解』30巻と『問刑條例』7巻よりなる写本。箱には鷹山公御手写の貼り紙があり、上杉鷹山手写本として伝来。全編にわたり朱筆の校正が施される。
  7. 蒙求抄 (モウギュウショウ) 3巻
    蒙求(中国の唐時代に、人物の伝記や説話をまとめた児童用教科書)の注釈本。本書は室町期の写本と考えられる。
  8. 胡曽詠史詩抄 (コソウエイシシショウ) 3巻
    胡曽の詩文集『胡曽詠史詩』の注釈書。先ず詩をあげ、次に漢文あるいは片仮名交り文で注釈する古写本。
  9. 山谷詩集注 (サンコクシシュウチュウ) 20巻
    黄庭堅(山谷)の「山谷詩集」の注釈書。撰者は不詳だが、序巻の冒頭に、樵雲(惟肖老師・蕉雲)から万里集九・月舟寿桂(幻雲)まで13注家の名号が記される。
  10. 三体詩絶句鈔 (サンタイシゼックショウ) 6巻
    塩瀬宗和編の三体詩絶句の注釈書。古活字印本であるが、後ろの跋は写刻製版で、「于時元和第六庚申仲夏吉旦 前南禅古澗叟慈稽誌焉」とある。京都大学所蔵本と同版本か。
  11. 錦繡段抄 (キンシュウダンショウ) 1巻
    『錦繡段』は天隠龍澤が編集した漢詩集。唐から明に到る詩人の七言絶句を、天文・地理等18門に分類し収録する。本書はその注釈書で、詩は訓読し、平声には傍点を施し、解は片仮名交り文。
  12. 古文真宝後集抄 (コブンシンポウコウシュウショウ) 10巻
    中国の戦国時代から北宋までの名文を集めた「古文真宝」後集の注釈書。本書は天正16年に上洛した直江兼続が南化玄興から借受け、複数で書写したもの。南化は序文を与え、兼続の漢詩文に対する姿勢を称賛している。
  13. 笑雲和尚古文真宝之抄 (ショウウンオショウコブンシンポウノショウ) 13巻
    中国の戦国時代から北宋までの名文を集めた『古文真宝』の注釈書。本書は元和3年刊の古活字本で、巻1・巻4・巻5が上下に分割し、13冊目が巻10となるが、その巻末は元和3年の刊記に続き、「笑雲和尚古文真宝之抄巻之十三終」と記す。
  14. 古文真宝後集抄 (コブンシンポウコウシュウショウ) 10巻
    『古文真宝』後集の注釈書で上下2冊本。直江兼続が南化玄興に借りて書写した米沢善本139の『古文真宝後集抄』(21冊)と、同じ装丁であり、題簽の南化和尚の印も同じ。
  15. 詩学大成抄 (シガクタイセイショウ)
    詩作用の類書(多くの書物から類似の事項を集めて分類し編集したもの)である『詩学大成』の抄物。原典の『詩学大成』は現存しないと考えられる。室町時代の言語(国語)を研究するのに重要な資料となっている。
  16. 職原私抄 (ショクゲンシショウ) 2巻
    北畠の『職原抄』を仮名講釈した注釈書。本書は巻首第5行目に「職原抄 清三位入道宗尤私抄」と抄者名を示す。

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